2011年05月23日 23:23
ここ最近書いた記事は、フレーム内の「最新の記事」に表示されています。
2010年10月17日 23:10
◆引越し先: http://blog.livedoor.jp/kaiko80s/
◆新RSS http://blog.livedoor.jp/kaiko80s/index.rdf
こちらで新規記事が投稿される事はありません。
古い記事も一部を残し、移転予定です。
以降の更新は移転先で行ないます。
お手数ですが、よろしくお願い致します。
2010年10月08日 23:19
今後はlivedoorに移転し、TMNとして活動をしていきます。
元FANKS(TMファン総称)の方々、どうぞ死亡フラグがたったと思わないで欲しい。ああ・・・終りの始まりだとも思わないで欲しい。確かにロック色を打ち出したTMNの新プロジェクトは3曲目の「Love Train」にして元のポップ路線へと逆戻りとなり皮肉にもそれが最大のヒットとなり、現在はTM NETWORK名義に戻して活動している様を知ると致し方ないかも知れない。ただ今私が置かれてる状況はtrfがTRFになった程度の変革ではない。いつでもこのブログの節目にはTMネットワークの記事で締めてきたので、このブログでの最後となる今回の記事もTMNETWORKで締めさしてもらいたい。
キッカケはこちらに選ばれた事である
ライブドアが主宰するブロガー支援制度 「第一期 ブログ奨学金」の受給対象ブログを発表!
こちらの制度や経緯については移転後にでも詳しく書かせてもらいます。
結論だけ先に言えば”ブログ移転に伴いアドレスが変わり、リニューアルスタートする事になります。”だけだ。
2005年から始めたこのブログであるが執筆期間はそろそろ丸3年になりそうで、えらく長い間やってきた。
今までこのブログで過去言ってきたことを実行する時期(チャンス)がきたのだ。
文字として残しておくと決意だけで終わらない力が生まれるからありがたい。
1、好きな事はなにがなんでも継続させる
2、3年やって結果が出なければやり方を変える
3、そうせざる状況をつくるには環境を変える事が一番効果的
4、今の状況じゃネット上の書き手は育たんぜよ
◆好きな事(得意な事)はなにがなんでも継続させる
大学生となり一人暮らしをはじめて1年も過ぎようとした時、母親から一通の封筒がきた。
普段、なにかあれば電話口でマシンガンのように心配事をまくし立てる母ゆえに一体何事だと焦った。
中には一枚の書道半紙だけが折りたたんで入っており、そこに力強い大きな筆字で
継続は力なり
母より
とだけあった。私のことを誰よりもよく知る人物から、数ある私の欠点の中からどうしても伝えておきたかった言葉なのだろう。
子供の頃、兄弟で一緒にプラモデルにハマった時期がある。私はいつも透明パーツを紛失して捜索中に心が折れて完成を待たずに投げ出してしまってた。あの透明パーツはいつもどこへ消えるんだろうか? 兄は買ったものはコツコツと必ずやりとげ完成させる。世がバブル景気真っ盛りの中、兄はひたすら4畳半の狭い部屋でジクソーパズルをやっていた。部屋に飾られたプラモやジグソーパズルの数は尊敬を通り過ぎ不気味さすら覚えたものだ。
そんな兄はその特性を活かし現在歯科医として開業しており、丁寧にしっかりとした治療をする歯医者として地域でも評判のようだ。30代にして新築の一軒家まで購入し、blogも毎日欠かさず書いており、そこに書かれる妻と愛娘へのほほえましい日常が文字からこぼれ落ちている。一方、私といえば結婚どころか色恋をも見失い、深夜に缶ビールを並べながらPCモニターに映る氷室に定規をあてて「よし!ここは黄金比だな・・」とブツブツ言っている始末だ。同じ血族でここまで差が出る分岐点があったなら、母親はここに継続力の有無をみていたのだろう。
継続に力があるかどうかは、継続した経験がないとわからない。
何事も3日坊主の私はこのブログだけは一番情熱の注げるジャンルという事もあり、それを試し知る絶好の機会として20代も終わりかけに強く決意した。そして私の中の心の決意で終わらせぬよう記事内で宣言もした。
特定ジャンルのブログである。書くネタが尽きるなんて苦悩は半年も経たずに到達している。ここ2ヶ月の間ケガで2回も手術を行うハメとなり、日常は目まぐるしく過ぎているのだが、このジャンルについては何か起きるわけじゃない。3年執筆してきたがその間、合わせると1年半は休筆してたのだ。辞めどきや自然消滅なんて10回じゃ済まないぐらいあった訳だが、決して辞めなかった。1年休み読者をほぼ失っても、また不死鳥の如く舞い戻った。書道半紙の力は思った以上に脳裏にこびりつくようだ。
それでも限界に達しそうな節目節目に書き始めには起こらなかった嬉しい事が起きた。最初は嬉しいコメントから始まり、多くの方にこのブログをリンクしてくださったり・・2年も過ぎるとテレビや雑誌のメディアで紹介してもらったり執筆として仕事を依頼されたり・・。そして今回の”今後ブログの未来を背負うと判断したブログ”としてブログ奨学金の受賞に至る。いずれも何十回とあった普段なら自然消滅となったであろう時期で辞めていたら起こらなかった事だ。ただただ同じ事を繰り返しているだけなのに確実に周りの状況に変化が起きていくのだ。3年目にしてズブの素人の書き手から支援してもらえる素人の書き手にランクアップ出来たのだ。
母ちゃん・・アニキ・・ 確かに継続に力はあったみたいだよ・・。
本来ならここには”やろうと決めたことはとことん継続させる”と書きたかったが、やろうと決めたことのハードルは思った以上に高いもである。好きな事(得意な事)から始めるのだ。そして普段ならサジを投げていたであろう時期を3度超えて欲しい。そうすれば必ず良い事が起こるとは言わない。だが必ず今までに無かった新しい変化が起こるとは思う。私の体験から言うと、つたない武器で経験値を貯める旅を30年続けている中で、このブログを続けてきた経験はキラーピアスを身につけ常時2回攻撃となったぐらい、継続する力を知った事とその自信はこれからの旅路に置いても大きな事だと思っている。
◆3年やって結果が出なければやり方を変える
好きな事(得意な事)はなにがなんでも継続させる事を書いたが、そこに目標を設定しているなら3年ぐらいをめどに自己採点が必要ではないかと考える。私の目標とはブログを時間効率に見合ったものにしたい。ブログを集中的に書き出すといつもHDDレコーダがfullとなり、古いものが自然消滅していくし、スポーツクラブの日割り計算が4千円となりケビン山崎氏へ通うのと変わらなくなる。大人のプライベート時間など限られている。時間配分がうまくいかず、何かをやると何かが出来なくなってしまう。そうなると時間効率の良い方を優先し、悪いものは自然消滅となる流れは当然である。それぐらいブログは時間効率に見合ってない。それでも月イチ更新になろうともやり続けていたのはさきほどの理由に尽きる。
ブログに固執せず気の向いた更新スタイルでここ数年やってきたが、あと1年はまだ同じスタイルで続けられるかも知れないが、もう3年後となると全く見えてこないし、今のジャンルで今のスタイルでは限界がある。そういった意味でもブロガーを育てるこの制度に飛び込む事はやり方や方向性が変わる可能性があるし、時間効率に対し見返りも以前に比べるとだいぶあるし、配分比率も変わってくると思う。
◆そうせざる状況をつくるには、環境を変える事が一番効果的
そうせざるを得ない環境をつくり出す必要性
自分への決意表明などいらない。決意したらそうせざるを得ない環境に移れである。数々の自己啓発本を読んだが、これが一番の特効薬であるとつくづく思う。
このブログ奨学金制度は返済不要でブログ書きながらお金を安易に貰えると思われがちだがそうではない。
決して賞を受賞して、懸賞金を貰うわけじゃない。これならどれだけ気が楽だったろうか・・奨学金なのだ。
そして私は受給資格の権利を頂いただけなのだ。契約ごとなので詳細は伏せるが、一定条件を満たさなければ奨学金資格を得られないし、書く内容にも細かい制約がある。ウダウダした更新をしてれば一度も支給がなく終わる可能性だってある。こちら側にもある程度の努力と実績が求められる訳だが、No pain, no gainの考えでとりあえず飛び込みことを決めた。決意したらいろいろ考えずに、そうせざるを得ない環境へまず飛び込むのだ。
◆ 今の状況じゃネット上の書き手は育たんぜよ
何かを継続させるのに一番必要なのはモチベーションである。日記系ではないブログを継続させるモチベーションは非常に乏しい状況だ。時給チロルチョコ程度でリスクばかり背負って書き続ける特定ジャンルのブログの書き手にもっと地位向上を!とグチった記事を書いたら、偶然にも数週間後にこちらの奨学金制度の内定メールを頂いた。支援とは何も金銭的な事だけじゃなく、プロの目からみたブログ構築に関する意見も頂いろんな視点で頂けるみたいだ。是非、その実験台になってみせようという決意だ。
という訳でFC2様での更新はこれで最後となります。
ビックリするぐらい何の不満のない、非常に書きやすい場所でした。
今後の移転先のアドレスは近日中に報告さしてもらいます。
TMNとしての新しい船出を今後ともよろしくお願いします!
2010年10月06日 23:33

第一回 団塊Jrのための裏脳トレ(2007年)
団塊ジュニアの裏脳を鍛えるトレーニング2回目です。
全ての設問が今年書かれた当ブログを読んでいれば答えられます。
できるだけすばやく答えてください。
裏脳年齢チェック
START
Q, 10-6=
A、4
Q, 7×8=
A, 56
Q, 24-17=
A, 7
Q, 金田一耕助が万が一 迷宮入りしそうになったらなんと声をかける?
A,ガッツだぜ!
Q, ほろ酔いの小沢仁志に、泥酔した哀川翔が加わると?
A 遠目で傍観してた山田敏光が急遽ボンタン狩りに参戦してきた城東高校と同じ状態
Q、嵐(ジャニーズ)がもしアナゴさん(サザエさん)と廊下ですれ違ったら?
A、 タメ語で構わない
Q、ZIGGY(ジギー)は、ZYYG(ジーグ)を訴えて良い?
A、いいと思う
Q、「悪い」順に並び替えなさい
1、BAD
2、ワルじゃねよ! オレァ極悪だ
3、稀代のワル
4、事故る奴は・・・ ハードラック(不運)とダンス(踊)っちまったんだよ
5、BAAD(ビーイング所属)
A, 5>4>3>2>1
Q, 「えりか と さとるの夢冒険」(ファミコン1988年 ナムコ)の隠しコマンドで
同僚に向けられた罵倒の中で最も背筋が凍るものは?
a、 ヘラヘラしながらしごと するんじゃねェー
b, アルバイトのくせして きかくに ケチつけるな
c. タイムマシンができたら まっさきに おまえを えどじだいにおくってやる
d. (女性に対し) まえのばん 7かいも セックスして シャワーも あびずに かいしゃに くるなよ
A, d ⇒ 一晩に7回も求めた女性のその飽く無き性欲こそが最恐
Q、各バンドのそのファンを指す呼称で正しい組み合わせを線で結びなさい
1、TMネットワーク a、FANKS(ファンクス)
2、LUNA SEA b、スレイヴ
3、聖飢魔II c、信者
4、THE ALFEE d、アル中
A、全て横線でok
Q,睡眠時間の多い順に並び替えなさい
1、イチロー
2、赤ん坊
3、夢を追い続けるフリーター
4、ジャンプ黄金期に「大相撲刑事」を連載中のガチョン太郎
A, 4(12h)>3=2>1(8h)
Q, 全盛期の小室ファミリーが最も恐れていたこととは?
A, 久保こーじプロデュース (私の勝手な妄想です)
Q,河村隆一がプロデュースする際の名義は?
A, ЯK
Q、ウイグル獄長の必殺奥義 蒙古覇極道(もうこはきょくどう)とはどんな技?
A、よく見ればただのショルダータックル
Q、 当時必死に流行らそうとした「これからは3日に1回シャンプーの時代 」は来たか?
A, まだ来ない
Q, マー坊くんがアイスに返り血を浴びて放った驚愕の一言は?
A, 「”ラムレーズン” が "ストロベリーチップ”に なっちゃったネ♥ 」
Q, 「”インディアン○○つかない" の空白を埋めよ」の問いに 松本人志の答えは?
A, 「インディアン、マネージャーつかない。」
Q,菊池桃子が主演女優としてのピリオドをうったのは「パ☆テ☆オ」ですが、音楽活動として汚点を残したのは?
A, 「これからはラ・ムーの桃子と呼んでください」
Q,相原勇が当時一人称が常に「僕」だったのは?
A、リゾ・ラバ
Q,イカ天終了後にしれ~と始まった誰も記憶していない後釜番組は?
A,えびぞり巨匠天国
Q, 東京ラブストーリー第一回で別れ際に背を向けなかったリカに対して、カンチが言った言葉をあえて文字起こししてみると?
A, ずっひぃ~な~
Q.「ギャッツビーつけて カッコつけて」と整髪料のCMで森脇健児を起用した当時のスポンサーに、
至急教えてあげないといけない会社をゆるがしかねない事態とは?
A、数年後に育毛剤のCMをやり始める

お疲れ様でした。
あなたの脳年齢は・・・
60歳です(хх)
答えをリンクしておきましたので、よく復習してください
このブログを定期的に読んで、裏脳の基礎体力を維持しましょう!
2010年09月13日 23:01

邦画では「クローズ ZERO」以来劇場に足を運んだ。ついでにいうとここ5年で唯一ドラマで私のHDDレコーダに定期録画されているのは「モテキ」(テレビ東京 放映中)である。 挿入歌に柴田恭兵「ランニング・ショット」 を入れてみたり、森山未來クンがカラオケで熱唱するシーンでは岡村靖幸の「どぉなっちゃってんだよ」を歌ったりと その絶対的選曲センスにはただただ脱帽で、観終わった後、敬意を表しテレ東に向かって思わず敬礼をした。これには岡村靖幸の追悼の意も込めておいた。次お会いするときは(2年ぶり4度目)と甲子園常連校表記での対面じゃないことを心から祈ってる。
大変面白かったが映画の感想をウダウダ書くつもりはない。
今回言いたいことはこれだ。
世の中には、奇跡としか言いようのない出会いでできてるバンドがある
誰でも良いんじゃない。そいつらしかいないんだ
映画内で使われるこのフレーズがたまらなく好きなのだ。
このブログを書き始めてから数多くのミュージシャン達の自伝本を参考資料として購入してきた。たいしたファンでもないバンドの自伝本がほとんどなのだが、バンド絶頂期に至るまでのメンバーの出会いから結成のいきさつはどれもハズレがないのだ!
いや、あった(笑)光GENJIのピンク担当こと諸星和己著書「くそ長ーいプロフィール
話がちょとそれたがバンド結成に至るまでの各ピースが埋まっていく過程は、決して同じ話は存在しないうえに、どれもハズれがないどれも至極の一品なのだ。もしこの「BECK」がヒットするような事があれば、多くの人がこの手の話が好きとなる。私が出版関係の仕事をしていたら、「奇跡の出会いを果たしたバンド達」としてあの時代のバンド達の結成のいきさつをまとめてシリーズ化する事を推すだろう。
残念ながらそんなコネもないので、私の唯一発信できるメディアでもあるこのブログにて今後定期的に紹介していきたい。
数が集まったらそれをまとめてみて、法則性やら傾向を分析したいと思います。
初回である今回は、GLAYと山下久美子の著書から取り上げたいと思います。
順番/組み合わせは関係ありません。一番最近読んだ2冊からいきます!
GLAY TAKURO著書 「胸懐」
BECKでの「奇跡としかいいようのない出会い」に一番酷似していると思ったのがGLAYである。
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◆小学生からの同級生
TERU(テル 小橋照彦) ←→ TAKURO(タクロー 久保 琢郎)
↓
◆高校1年
TERU(ドラム) TAKURO(ギター) タクローの幼なじみヒトシ(ベース) この3人でGLAY結成
↓
リーダーTAKUROは、当初TERUの歌声を知らぬままドラムをまかせていて、ボーカル探しに難航していた。
「これは!」というボーカルが見つからなかったのだ。楽器は練習さえ重ねれば、その内なんとかなる。ボーカルはそうはいかない。歌そのものは上達するだろう。だけど、声だけは天からの授かりものなのだ。この世には確かに、神がかった声とでも表現するしかない声の持ち主がいる。GLAYにはどうしても、神がかった声、説得力のある声が必要だった。
(中略)
そういったわけで、ボーカル探しは難航した。結果から先に言えば、その努力は実ることがなかった。
というか、無駄だった。ボーカルを捜す必要はなかった。
最初からそこに”いた”のだ。
なんて乙男心をキュンとさせる素敵な文章なのだろうか・・
テルの部屋に置き忘れたデモテープを返却される際、そのテープに仮歌されていた歌声に驚愕する事となる。BECKでも同様の奇跡が起きるし、ここは大きな見所でもある。タクローは人生で2度腰を抜かしたこと事があるという。ひとつはB.BLUEを友人宅で初めて聴いた時。もうひとつがデモテープから流れるこのドラマーの奏でる奇跡の歌声を聴いた時だという。
↓
TERU ボーカルに任命されるもドラムを熱望し、知り合いの先輩のVoを連れてくる
TAKURO その先輩の歌声では納得いかず、もう一度TERUをVoに説得する
↓
◆1年後(高校2年)、
「君の才能を、もっと他の場所で活かしてみないか?」と自衛隊の口説き文句で
HISASHI(G)を他バンドから引き抜く。他2人をくわえ5人で高校生バンドとして活動
↓
◆高校卒業
高校生バンドの宿命である卒業=解散の岐路に立つ。
ドラムと結成当初のメンバーであるベースを熱心に誘うも、その母親から直接
「ごめんなさい あなたの夢にはのれないの」と説得され諦め2人脱退。
↓
◆上京。印刷会社への就職
イカ天に出場するも審査員に「きみらのバンドは、格好と音楽がぜんぜんちぐはぐだ」と指摘され
演奏完走する前に打ち切られ、ひたすら落ち込む。
↓
◆JIRO加入
3人の絆が強すぎて、この間激しくメンバーの入れ替わりが起こるもいずれも定着せず。
そんな時期に打ち上げの席にいた札幌時代の後輩であるJIROと出会い、全てのパーツがそろう
そして出会いとはなにもバンドメンバーだけではないのだ・・
◆YOSHIKIの来訪
彼らのデビューのキッカケとなったYOSHIKIの突然のライブハウス突然である。そのまま契約がしたいと言われYOSHIKIのレーベルへと機材車で移動中の心境の話がおもしろい。憧れであるYOSHIKIがやってきてもうシンデレラのような心境かというと全くそうではなかったという。GLAYは争いの嫌いな平和的なバンドである。ロックバンド界の草食系バンドと言ってもよいかもしれない。そこにきて「無敵と書いてエクスタシー(所属レーベル会社)とよむ YOSHIKIと書いて無謀とよむ」のゲイリー氏の時代である(笑)当時、レーベル関係者から「組長」と呼ばれていたYOSHIKIを筆頭とする絶対的な縦社会への不安しかなかったという。車中で音楽以外で悩むなら辞めようという結論になったそうだ。
交渉の席でTAKUROは2つの要求をする。ひとつはデビュー曲にてYOSHIKIにピアノを弾いいてもらうこと。
もうひとつは
僕としては、もうひとつ聞いておかなければならない質問をした
「あの、もうひとついいですか。先輩に飲めっていわれたら一升瓶を一気飲みできないと殴られるってほんとうですか?」
僕の質問にYOSHIKIさんは笑いながら答えた。
「ダイジョウブ。今はもうそんなことないよ」
今はもう?
この非常に切実な質問に笑ってしまった。というかすごくその気持ちがわかるのだ。憧れの人、憧れのメジャーデビュー・・それよりもなによりもこの異常な縦社会への不安の方が勝っているのがロックぽくなくて逆にイイ。やはりこの人はバンドマンでありながらも頭のキレるビジネスマンだとも思った。就職試験の重役面接で「サービス残業はあるんですか?」と臆さず聞く無謀さにも似るが、己の長い人生の大半を過ごす事を考えれば無謀なのか勇気なのかは判断のわかれるところだろう。よくアイドル上がりの微妙な立ち位置の女優が「そのシーンに必然性があれば脱ぎます」と聞きたくもない決意を聞かされるが、「必然性には負けません」と発言した薬師丸ひろ子を再評価すべきで、同じくリーダーとして契約の席でこれを質問したタクローも賞賛されるべきだと思う。
私の目ぼしいとかだけ書き出しているが、本書では全ての出会いや寄り道と思われた時期が最後にきれいに繋がっていく様を詳細に書かれている。興味があったらファンじゃなくとも読んでみて欲しい。
山下久美子 著書 ある愛の詩
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奇跡の出会いとは何もバンドのメンバーとは限らない。
彼女の場合の奇跡の出会いはモチロン布袋寅泰 その人だ。
結婚した時の布袋といえばあまり知られてないが若干24歳であった。
BOOWYの活動時期で言えば、2ndシングル『BAD FEELING』の辺りの駆け出しも駆け出しの段階での結婚だったのだ。
そんな若き獅子との結婚生活は壮絶であったようだ。
思えば、私たちはいちばんエナジーを持て余している時期に結婚生活を始めてしまったのかもしれない。特に若い彼に至っては、その嫉妬心においても尋常じゃなかった。「レッドシューズ」で呑んでいたときに、昔のボーイフレンドが入ってきたというだけで喧嘩になったり、たまたま居合わせた吉川が仲裁に入ると、今度は彼らが殴り合いを始めたりする始末だった
この時代の暴力史を学びたかったら、伝説のバーである「レッドシューズ」は戦(いくさ)の重要な拠点となるので是非覚えておいて欲しい。100年後の音楽史の教科書には安土城的な位置で「レッドシューズ」は記載されるだろう。そして吉川さんは本来ならこの記事の主旨には全く関係がないが、私がこれを読んでスルー出来る訳もない(笑)見事なトバッチリ、巻き込み事故だが許して欲しい。それにしてもこの手の逸話は吉川さんが頭ひとつ飛び出てるのに対し、布袋氏とゲイリー氏が頭3つほど飛び抜けている点も覚えておいて欲しい。80~90年代の音楽界暴力史の内訳を調べればこの2人が半分を占めているだろう。
この2人の結婚は当初山下がトップスターで布袋は無名なギターリストであった。
その後お互いの立ち位置が徐々に変わっていく。
まるで地軸がぎしぎしと軋みながらずれていく感じがあった。それが何なのか、気づくまでに時間はかからなかった。私のコンサートのはずなのに、明らかにギタリスト布袋寅泰目当てで来るファンが増え始めたのだ。サポートの位置にいるはずの彼が、いつのまにか私と同列かそれ以上になり始めてる。それは私にとって予想外の驚異だった。不安にかられた。すると彼に対して素直に向き合えなくなり、どこか屈折に近い感情を持ち始めた。たとえば、BOOWYがチャートのトップにランクインしたことですら、素直に喜べなかった。
私はこの文章を読んで夫の成功の喜びより、同じロックアーティストとしての嫉妬が強くなったと思った。男性がこれを読むと多くがそう読み取れるのではないだろうか?だが女性だと別の洞察ができるようだ。本書ではこの気持は嫉妬ではなく、置き去りにされるじゃないかという恐怖だったと述べている。正直私はこれを言われてもまだその感情にピンとこない。同じく夫であった布袋もこの感情を理解できなかったようで、この男女の感覚のズレが日増しにキシみだしたのだ。一般的に離婚の原因と認知されている布袋氏の心移りとは枝の一部であって、根元はこの心のズレだったと述べている
このようにあの時代のバンドマンの話はいろんな意味でおもしろい。ベストセラーになるのはいつでも打算計算された最終的に好感度につながるゴーストライターの書くタレント本ばかりだが、にわかファンぐらいが読むミュージシャン自伝本こそが一番おもしろい。今後も自宅に積まれている30~40はあるミュージシャン自伝本に注目しておもしろい個所を掘り下げていきます!
2010年09月08日 23:24
その昔ストⅡがスーパーファミコンに移植された頃、ゲーセン登場時からやり込んでいた私は、この段階で既に「空中での中ボタンの有効性」と「錯覚を覚えるギリのメクリ進入角度」の検証作業の域に達していた。そんな私を前にしてほぼ初心者であろう友人2人が、百烈張り手(エドモンド)vs百烈キック(春麗)を繰り出すも当たり判定外のギリギリの距離で手と足を無限交差させる生き地獄状態となり、コーヒー1杯飲みほすまでお互い軸足が全くブレることなく続けられたあの泥仕合に酷似する。
だが、そんな地獄絵図でも視点を変えると違った面白みが見えてくる
ゲーム画面だけを見てると最高にツマらないが、この2人は連射力が足りないから張り手が当たらないと思い込み、鬼の形相で連打してるのだ。そんな二人を泳がすことに面白みを覚えてしまった。カブキロックスの氏神一番が自らヴィジュアル系と称していても怒らず諭さず、温かく見守りながら育てる事が必要なのだ。その育成心が時を経て青田典子に「売名行為に利用されそうになった男性ミュージシャン」として全国放送で暴露されるような素敵な話題を振りまき戻ってくれるのだ。
とんねるずのハプニングも何回目かの視聴である発見をしてから何度見ても笑ってしまうようになった。
どうしても転倒させてしまった石橋氏に目が移ってしまうが、この時の木梨憲武こそがおもしろすぎるのだ。
曲の最中でカメラにも抜かれてないからわかりずらいが、カメラ転倒と同時に「あ!!」という大声を出す。
それと同時にテレビに映るタレントとしての何か大事なスイッチが完全OFFになったご様子なのだ。
石橋氏が(やっちまったぁ~)という芸人の顔をしているのに対し、
木梨憲武の顔は終始蒼白なのである。

「オールナイトニッポン(フジTV)」(1985年1月19日放送分より)
この状態でも「イッキ! イッキ・・イ・・ッキ・・」と顔が引きつりながら歌い続ける石橋氏に対し、
いろんな音声が飛び交ってカメラにも抜かれてもないから非常に聞き取りづらいが、
「お前・・知らねーよ。お前・・」
「シャレにならないって・・・マジで!」
と、終始なにかブツブツと張らない声で石橋氏を罵倒してるのである(笑)
(ノリタケ~ どうしよう・・)という表情で助けを求め擦り寄ってくる相方の石橋氏に、全くとりつく島を与えず突き放し距離感を保つ。そして最後にトドメの突き放し
「オレ、知らねぇ・・」
とほぼ聞き取れない小声でこのハプニング映像は終わる。
この時期にもし解散してたら相方に暴露本をだされた元ABブラザーズでもある中山秀征の二の舞になってたかもしれないぐらい、2人のこの時期の距離感や性格の違いが見て取れる。
このようにこの見慣れたはずのハプニング映像も木梨憲武の音声に耳をすますと、一気に面白みが増す。
皆さんも長い余生でフジテレビを観てれば、一度は見る機会があるでしょうから、ここに注目して観て欲しい。
人生にはツマらないと思うことの繰り返しではあるが、そこに面白みを見出す視点を持てれば、視野が一気に広がると思います。
2010年09月03日 23:18
昨今という訳ではなく十年以上前からこのカバンの形態が主だと思われる。
このカバンで出来る自分色といえば持ち手部分にキーホルダーやぬいぐるみをぶら下げるぐらいであろう。
今でも皮の学生カバンが使用されている地域はあるのだろうか?

過去、変形学生ズボン、ツーブロックヘアーと時代のうねりが生んだ独自のムーブメントが終焉する瞬間をちょうど目の当たりにしてきた事を書いてきたが、この学生カバンも相当独自な文化圏で成長しながら今や全くその影すら見えない事に気づいた。
この学生カバン(皮)の変形の歴史は70年~と歴史は意外と長く読む人によってズレがあると思うが、私が過ごしたちょうど消え行く末期である90年前後について思い返していきたい。
◆ステッカー、カッティングシート貼り

スクールウォーズなどでみられた「夜露死苦」や「なめ猫」ドクロなどを貼ってる人はこの時代さすがにいない。6割型がミュージシャンのステッカーであり、女子はドナルドやミッキーなど様々であった。横長のステッカーを斜めに貼るのが唯一の見せ方であった。
「清水健太郎容疑者(57)を覚せい剤使用の疑いで逮捕 (2年ぶり6度目)」とyahooニュースでは
シミケンが甲子園の強豪校表記されるぐらいステッカー張りはこの時代に根づいていた。
◆学生カバン(皮)の潰し
時系列によって異なるだろうから断言はしないが、少なくとも私の地域では男女問わずマジメな生徒も行う
不良文化というよりかある種流行りであった。もちろんやらない人の方が多数ではあるが・・
ペッチャンコまでするのはごく少数で、圧縮率は人それぞれである。そのやり方として
①専門器具使用【[ 】→ 横と底を固定する
メリット:いつでも元に戻せる
デメリット:強度は劣る
②押し花方式:シン抜き→お湯掛け→寝押し
メリット;強度が超合金
デメリット:2度と戻れない
◆持ち手を剥がし、チェーンに改造する
残念ながらそんな稀代のワルは周りにいなかった。
◆潰しカバンに鉄板を入れる
強度のあるモノを入れる人はいたが、鉄板はこれまたいなかった。
もしいたとすればマンガの週刊連載は睡眠時間をいかに削れるかの気力との勝負と言われるなか、
ジャンプ黄金期に「大相撲刑事」 で12時間睡眠を常時確保していたガチョン太朗ぐらいそいつはレアだ。
◆持ち手に赤テープを貼る

「銀蝿」の歌か「特攻の拓」での姫小路良でしかその姿を確認したことがない。
その痛々しさは当時ツッパリファッションのお手本である仲村トオルの大ファンであったダンプ松本に
「トオルくん! お願いだから歌だけはやめて!」とファンに懇願される仲村トオル歌唱力ぐらい哀しい。
(おわり)
学生服とは違ってその応用パターンは少ない。自分で読み返したくもないがここにたどり着いた方はカバンの記述をほとんど読むことなくこの駄文を読まされてるのだろう。スマン!学生カバンの引き出しは思った以上に何もなかった! といってまた練りなおして更新期間を空けたくないので一気に走りきってみる。
要はカバンをツブすって今じゃありえない価値観だよね?って事だ。
何十年も続いたこの変形学生カバン文化は、なぜ90年代に入って一気に衰退したのか不真面目に考察する。
小学校の校長がよく行っていたある手段がすごく有効的だったなと今になって思うことがある。
校長が朝礼で話をしている時に私語があちらこちらから発生し、それが伝染して収集がつかないぐらい騒がしい状況下で、
ここでマイク越しに注意するのではなく、あえて押し黙るのだ。微動たりせずひたすら生徒の方だけをじっと見つめるのだ。
すると生徒側の方から異変を感じ取った生徒から順次「オイ!」と生徒同士の注意喚起が行われるのだ。
異質な空気を意図的に作り出し内部から浄化させるのがキモで、生徒側からみるみる内に鎮火していくのだ。
ここで校長の伝家の宝刀のあの決め文句が放たれるのだ
「みんなが静かになるまで30秒かかりました」
大人が注意するという形で芽を摘むのでなく、注意できる子供の種を撒きその畑を自ら浄化させる環境を創りだすのだ。
この話と同じ事が言えこういった独自に発展していった文化は押さえつけられるほど反発し肥大化していく為、
内部から価値観を崩壊させることが一番の特効薬なのである。
ここで内部崩壊の為、植えられた種は実は意外なところ発なのだ。
この当時の不良達が愛読してたであろう「カメレオン」の第1巻でそのウイルスはあったのだ。

カメレオン(KC1 講談社)より
カバンの薄さは、知能の薄さ
なんとキャッチーでもあり、交通標識のような耳にずっと残るフレーズなのだろうか・・
小山(教師)が生徒たちに復唱させたこの名言こそが、3年殺しで全国へ圧縮学生カバンの価値観を覆し、
薄くも太くもならない現在のナイロン式学生カバンへと推移したキッカケになったのだと考えます。
全国の大人たち何十年指導しても直らない事が、たったひとつのキャッチコピーで変わることはあるのです。
そう考えると暴走族や暴力団の名前をもっとダサい名称に!という警察の取り組みも価値観を内部から変えるという意味では一緒だと思うので、下手な反対運動をやるより個人的には非常に有効な手段思っている。
そういった意味でも今後は火の用心に紛れ込み「焼き肉焼いても 家焼くな」の後に、先人を切って
「車高の低さは 知能の低さ」などを率先して言い、意味もわからず復唱する町内会の人と街を闊歩する活動が
より良い街をつくる最短の近道だと思います
2010年08月24日 23:00
先日、このブログの読者の方から 「きくりんさん 吉川(晃司)さんに関して本を出しました?」との質問がありました。
当然ある訳ないのですが、ゲーセンの傘立てに金属バッドが置かれていたあの雨の日以来のイヤ~な悪寒が全身を走りました。
今年の春頃に出版されていたその書籍を教えてもらいアマゾンで購入し、先日私の元へ届きました。
本書は数多くの著名人の逸話や武勇伝をランキング掲載するもので、吉川氏は上位に位置し2ページに渡って記載がありました。
最初の1ページは吉川氏の経歴と紅白やベストテンでの破天荒ぶりを記載したある程度有名なことを箇条書き程度に書き連なるものであった。問題は次ページで1ページ丸々使って解説した吉川氏の暴行事件による記述だ。
私が3年前に書いたエントリーがこれである。
「ワン、ツー・・ スリー?」 に隠されたプロの技
私のこの記事はまず記者会見で行われた客観的事実を最初に記述。
それだけではこのブログの記事として面白みがないので、PVにて吉川氏が射撃訓練しているのを思い出し、
勝手にプロの殺し屋と見立てての妄想を行ったのだ。その境目がわかるようちゃんと改行を前後に入れて目立つように
> ここからはわたしの推測(妄想)に入る。
ここからいつもの悪ふざけ、悪戯、ご遊戯であり、ここに何の事実も存在しない。
事実よりもおもしろ味を追求する分岐点であり、完全に脳内妄想ゆえのオリジナリティーなのだ。
大事なことなので2度言いました。 妄想なのです!
◆書籍掲載文章
>素人同士のケンカでは顔面、特に眼や鼻を狙わず、大体は頬を殴るものだ。
>なぜなら、人間の理性がどんな興奮状態でも最低限働き、無意識のうちに正中線への打撃をストップさせるから。
>だが、吉川は一発目から拳を鼻に打ち込んだ。
>一撃で鼻を折るパンチだから、腰の回転と体重が十分載った、いいパンチであろう。
◆私のブログでの文章
通常、素人同士のケンカで顔面を殴る時は、頬に集中する。人間というものはどこかで恐怖心があるため、眼や鼻という場所はいくら興奮状態でも無意識に避けてしまうのだ。それが常人の喧嘩である。その点、初弾を鼻に打ち込むとは、愚地独歩なみの実践空手の考え方である(吉川は少林寺拳法の使い手でもある)。そして一撃で鼻を折るほどのパンチであるから、ひねり(回転)と腰(体重)がのっていた事は容易に想像できる。
読んだ直後、笑い飯の西田じゃないが「それオレの妄想(オモロいやつ)!」と叫びそうになった(笑)
正中線とか用いコンパクトにまとめる辺り、プロの書き手さんが私のボケを添削しながらさらなるボケを重ねてきており、哲夫への嫉妬が止まらない。申し訳ないがあなた様とコンビを組んだ覚えはない。
ついでに言っとくと一発目に鼻を殴ったとか私の勝手な仮想バトル妄想であり、それを事実として広めないで欲しい。
◆書籍掲載文章
>そして注目は肋骨の骨格である。ヤクザ関係者によると、プロが素人をシメる際に有効なのは、脇の下を強く殴ることらしい。
>いくら強打してもアザが出来ない=証拠が残らないからである。
>加えて、激痛が一瞬にして体中に響くため、どんな巨体な男でも一発でのされてしまうのだ。
>吉川が鼻に続いて肋骨を狙ったこと自体、プロにしかわからない勘所を十分熟知していたことを示してる。
>それ以上に恐ろしいのが何の躊躇なく、一発で骨折させるぐらい的確にヒットさせたという、吉川の「仕事人」の側面だろう。
◆私のブログでの文章
そして、もっと興味深かったのが肋骨の骨折である。元警視庁にいた経緯を持つ北芝健の書物を紐解いていると興味深い記述があった。取調室などで暴れるヤクザや凶悪犯を大人しくさせるときは、必ず脇の下をピンポイントに強く殴るというのだ。この理由は簡単で、どんなに強打してもアザが出来ず(証拠を残さず)、尚且つ、吐血を伴うほどの激痛が一瞬で体中に走り、どんな巨体の男でも一発でダウンし、のた打ち回るという。そう、脇の下とはその筋のプロが好むヒットポイントなのだ。吉川が鼻の後になぜここを狙ったのか?そして、たった3発で仕事が終わった理由は理解してもらえたと思う。
北芝氏をヤクザ関係者と表記したのは、あながち間違いでもないので笑わせてもらったが、ここまで文章が類似する偶然があるならあなたは私のドッペルゲンガーに違いない。お会いして時空的なものを一緒に歪ませてみませんか?
偶然でなく盗用である事が確信できる部分がある。なぜならこの部分は私が勝手に都合割愛した事実と少し異なる文章だからだ。これ正確には脇の下の急所を握ったコブシの中指関節を軽く立てナックル上にしてピンポイントで殴るが正確だからだ。なので秘孔を突くがより正確な表現で、これでは肋骨に打撃は全く伝わらない。殴り方を失敗すると肋骨折れるかもという部分を妄想にそこまでディテールは必要ないとのこちら勝手都合で省いて書いているだ。
上記を含めその他も私のページを元に書かれたであろう文章が1ページに渡って書かれていた。その他の引用部分は客観的事実の引用と多少の表現の仕方の模倣だから問題には思ってない。
正直これを読んだとき、見事にパクったなと思ったものの問題にする気はなかった。こられの著名人に一人ずつ取材する訳にもいかないだろうし、逸話のネタ元を辿るにも限界があるだろうからネット上の信ぴょう性の薄いカキコミをソース源として使ってしまう事もあると思っているからだ。
しかし、どうしてもこれから書く点が譲れないというか気に触り今回の記載に至る。
吉川氏以外の他ページを読むと、他所から引用した文章はそれと分かるようにカギ括弧で括られ
「あるスポーツ氏デスクはこう語る」「(音楽関係者談)(ボクシング関係者談)」「XXXX(対象者)著書より」とそれが引用だとわかるようになっていて情報元に敬意がみられるのだ。筆者の憶測には「~らしい」と情報源のわからないものについては伝聞表記されているのだ。
結論から言えば完全にネット上の書き手はナメられていという事だ。
ネット上での名のなき書き手なら盗用したところでバレないだろうという安易さを感じるし、問題になったところでそれを知る人間の少なさを甘く見積もっているのである。引用表記するか盗用するかを相手の媒体規模によって変えてる点が気に入らない。これだけ引用表記をしているなら、それがない記述に関しては100人読めば全員が筆者の考えだと思うはず。
こんな現状じゃネット上での書き手は育たないぜよ。私を含めほとんどの人がネットでカキモノをしていても収入どころかお小遣いにもなってないはずである。時給換算したら50円にも届かない人が大多数であろう。趣味と割り切り身内内で読まれている内なら問題も少ないだろうが、不特定多数が月に何十万人も訪れるようになると、見えない銃で撃たれまくるのだ。そうなっていくと聖者の様なありがたみのある記事しか書けなくなっていくのだが、だけど聖者になんてなれないのだ!いろいろ言われながらも自分色をだしている方がいい。こんな戦いを日々繰り返しながらやっているのにゴールが全く見えなさすぎる。収入も名誉もない、ただただリスクだけはつきまとうネット上のカキモノにおいて、多くの人がやり始めるもそのほとんどが辞めてしまうのはよ~くわかる。
大手サイトになるには規模は違えど実際の大手の雑誌になるほどその過程は険しいのに、批判と盗用で潰されるなんて悲しすぎる。なんせそれを達成したどころで書き手としての通過点にもなっていないのが実情だ。これが仕事になって飯を食えるようになればどれだけ素晴らしいだろうと満員電車に圧縮されながら考えたりするが、今の現状じゃプライベートを圧迫する見返りのほぼ無いリスクだけは高い投資である。
こんな現状じゃネット上での書き手は育たないぜよ!
これも大事だから2度言いました。
私が松本零士だったら烈火の如く怒り、今頃裁判所にいる事だろう・・・
わたし 「裁判長。A氏は無断で私の文章を盗用し、時給チロルチョコ程度の私を差し置いて収入を得てます」
A氏弁護人 「異議あり! きくりん氏の考えと、被告の考えが偶然一致したに過ぎません」
「あなたの考えは人と被る事がないのですか?ありえないでしょうに」
わたし 「うぐっ・・こ、、こんな妄想 吉川愛に充ち溢れてないと書けません。
A氏に吉川さんが「アフォフォ」言うのを辞めた時期とその理由を答えさせてください!」
裁判長 「・・・却下します」
わたし 「じゃぁ・・じゃぁさ~・・
吉川さんが歌番組で「ゴルフする奴はロックじゃないですよ」って言った時にすかさずフミヤが
「でもミックジャガーやロッドスチュアートはゴルフやってるよ」と言われた時の吉川さんの体が一瞬ピクって震えたのは
殺意を押し殺す為だったか、笑いを堪えたのか答えてみろよ!」
裁判長 「・・・閉廷します」
私の裁判の発言など、常時ストⅡのベガの強キックである。
きっちりしゃがみガードをした弁護士のフルコンボをフリーズ状態で体いっぱいに堪能することしかできないのは目にみえている。
元々その気もないがこんな事で私のか細いロウソクの炎を燃やすことはしない。
だから筆者もわかっているが本の名前と共に伏せさせてもらう。筆者がこれを読んでイエローカードを提示されたと思ってくれればいい。
良い機会だから申し訳ないが、この件を元にネット上での書き手のグチを上乗せさせてもらっているだけだ。
私が自宅で無断で松本零士の詩を使って、小林亜星の曲にのせ替え歌歌っても誰も怒らないが
槇原敬之が亜星のメロディーを借用し零士の詩をのせて発売したら大問題なのである
私ごときの文章に著作権うんぬんを叫ぶ気はないが、この本を読んだあとに私の文を読んだら私が盗用してると思われる点と、こんな間違った妄想を誌面を使って流布されちゃー、いざ情報元が私だとわかった時に吉川さんにシンバルキックされても文句言えないですからね。
各出版社/ライター様へお願いしたい
今回の元記事は妄想ですとはっきり明記してるが、全てのこの限りじゃない。全ての記事の冒頭に(これは妄想です)と書かれていると思って欲しい。そして全ての文章の末尾に(らしい)が隠されていると思って欲しい(笑)私に確認を取らず本にするのであれば全ての文末に~らしいを付けて頂きたい。私が書籍化するなら使えるとこと使えないところは自分なりに判断できる。勝手に使われ、その事に関してまでリスクをこれ以上しょいたくないというのが本音だ。今回の件でウワサが事実と代わり間違ったまま大きく伝わっていく過程を確実に見た。普段はブログなど信ぴょう性0と思っている影響力のある大手マスコミ関係者も、この本がソースだと信じてしまうケースだって十分考えられる。
ネット上の書き手ほど育ちにくく、その環境も整ってない環境も珍しいじゃないだろうか。
昔と違って文才溢れる書き手がネット上で書き始めるケースも多いはず。
こんな現状じゃネット上での書き手はいつまで経っても育たないぜよ
大事なことなんで3度言いました。
2010年08月19日 00:24
銀牙―流れ星銀―(1983年~1987年)

この作品は連載当初に打ち切り間近から盛り返し、人気急上昇でテレビアニメ化までするも、全世帯を巻き込んだ人気とはならずアニメはすぐ打ち切りとなった訳だが、それでも誌面では爆発的なヒットとならずともこの激戦区を生き抜いてきた価値ある作品なのだ。
ミスユニバースで世界一をとる日本代表は日本国内での活動がなぜかぱっとしないのと同じで、何が勝ちかを判断するのは難しい。
同じく黄金期に人気と共にアニメ化されるも、打ち切りとなると最終号の作者コメ欄に
「これで燃えるお兄さんは終わりだ。覚えて居たいやつは覚えていればいい。忘れたいやつは忘れちまえ。この漫画は意味は何もない。四年間どうも有りがとうーもう飽きられちゃったからやる事など何もない」と巻末でサリンをばら撒いて去ったこの作者も多くの作品が忘れられる中、記憶に留めるという意味では勝ちかもしれない。
そういった意味でアラでもいいのだ。連載終了後に何かしら話題を提供できる作品こそ一流と認められた証なのだ。ということで、犬の世界ながら相当シリアスで突付き所の少ないこの作品にあえて注目してみる。
作者の高橋よしひろ先生は銀牙の連載以前に月刊ジャンプで「白い戦士ヤマト」(1976年~88年)という作品を長期連載していた。
銀牙と同じく主人公の秋田犬がライバル犬達と戦いを繰り広げる作風は同じだが、大きくひとつ異なる点がある
「ヤマト」が一切言葉を発しない設定に対し、銀牙は犬語なるものをしゃべるのだ
その経緯に関して作者の高橋よしひろ先生はこう述べている
----「犬同士の会話」は、銀牙の途中から始まりますよね
高橋
「ヤマト」では犬は話してなかったんだよね・・
「銀牙」はね、実は最初人気なかったの。それで次の巻頭カラーが最後のチャンスっていう状態で、
その号に合わせて「じゃあ喋らせようかって。
犬の心情がわからないから、人気が出ないんだということでね。
で、話させたら、ウワッと人気が出た(笑)
引用元:銀河聖犬伝説(集英社)
打ち切りが迫った状態での思い切った設定変更がおもわぬ起死回生へと繋がったのだ。
当然、犬語は犬社会にしか通じない独自の言語なのだ。
しゃべらすという事は必然的に強いキャラ付けと共に、それに伴なうほころびも出てくくるものだ。

イヌとはいえ老若男女いる訳だから、口調が変わっていくのはモチロン想定内である
だが全国津々浦々をめぐるこの作品にて地方ごとに大胆な方言を採用してしまうとは想定外だった(笑)

驚きなのはこの流暢な博多弁よりも、この犬の名前がヘンリー三世であることだろう。
江戸っ子もいれば東北弁もいるが主人公の銀(秋田犬)は終始標準語である事からわかるように当初の予定を大きく超えた舵取りがあった事が伺える。終いには「うぬら」と時代劇調に語りだすボス犬も現れ、当時高橋先生のアシスタントであった原哲夫もその影響を受けたのではないかと勘ぐってしまう。
忍び出身でクワを咥えたりお面をかぶったり馬に乗ったりする犬がいるその独自の世界観はすんなり受け入れて読めたのだが、なぜだかこの方言設定だけはちょっと笑ってしまうのです。
道徳的な事を人間に言わすとクサくなるけど、犬に言わすとクサくならないとの発見があったようで、
人間でも言わぬような熱いセリフが多く見られる。
そんな本作品の中でも一番驚きなのがこれだろう。

イヌが犬死に(無駄に死ぬこと)すると発する驚愕のヒトコマである。
作風や作者のマジメな人柄を考慮しても、このコマはなにか狙ったわけじゃなく、自然発生したものものであろうが、
死ぬ間際のイヌが語る犬死にはどれほど無念で重く説得力がある言葉なのだろうか!(笑)
本作品は海外で非常に高い人気を保ち、各国で翻訳されて発売されているようだが各方言と犬死をどう訳しているのか興味が尽きない
2010年08月14日 23:54
ニーチェや孔子の教えより先に、自らを大事マンと称するモノ達の説法を街のいたるところから説きふせられるという、まるで無くしたエアギターを捜索するかのようなメビウスの輪から抜け出せない時期を過ごしてしまったのだ。
そのお陰かデビュー間もない浅香唯が「芸能人は12~3人しかいないと思ってた」との発言に当時、宮崎出身ゆえの素朴さが奏でる郷土音だと微笑ましてもらったもが、今となっては黒より黒い暗黒級のドス黒さしか感じることができなくなってしまった。
決して 燃える血を忘れた訳じゃない!甘いぬくもりが目に染みただけ!と思いたかったが、もうわたしの色眼鏡は何重にも重なっており、ぬくもり程度じゃ目には染みてこないのだ。
最近になってやっと、「J-RAPの感謝率」「J-POPの会いたい率」「J-ROCKの何かを探せ!率」が異常値である事がわかってきたように、これらメッセージは今となってはほとんど記憶に留めてない。
だが、唯一ブルーハーツ時代のヒロトが放った言葉で今になってその重さを痛感できる言葉がある
「生活は下手な理想主義をぶっ飛ばすくらい重いもんだと思う」
今となってなんと真を突いた言葉だろうかと思い知らされる・・
軽いあこがれだったりうっすら思い描く未来程度の玉など、生活という名のあさま山荘の鉄球に太刀打ちできるわけもない。
下手な詩的メッセージよりも思ったことを直にそのまま発するブルーハーツ時代のヒロトの飾らない本音にこそ、そこに重なる本当のメッセージが見え隠れしていると思う。
そんなブルーハーツ時代のヒロトの飾らない本音を集めてみた。
ファンのことなんか関係ねーよって言うのがカッコいいんだろうけどさ、
結構、ファンのこと意識してやってるんだよね、俺。
僕は僕の偏見で歌を歌っとる
まわりが見えてないと不安でしょうがないんだよ
夢と現実のギャップでさ
押しつぶされそうになるんですよ
学校がイヤだと言って登校拒否できるやつはええよ。
俺はいじめの対象にもならない本物の劣等性だったんよ。
あのビルん中の一室で毎日おんなじ働きをしとる人があるんだけど、
それが安定した生活かと言われたら、本当ににそうなんかなぁ?と思うよな。
カッコつけんと生きとれんよ。
〝飾りなんかいらないんだ〟というカッコつけ。
ポリシーは・・・・・ポリシーとか何とかを決めないこと。
ボクは一貫して自己満足です。めざすものは。
ブルーハーツは全てをわかってる人達じゃないからさ、
普通の人なんだからさ、人生相談されても困るんだよね
引用文献:ドブネズミの詩(うた) (著者/ザ・ブルーハーツ 角川書店 1988-12)
ザ・ブルーハーツ『1000の証拠』 (月刊宝島)
唯我独尊と思われたヒロトのこういった一面を知ることで彼らの唄と詩にまた違った広がりがみえてくるからたまらない。
未だにドブネズミに潜む美しさを見出すことはできないが、彼らの人間臭さを放つネズミ達はよく見える




