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奇跡としか言いようのない出会い ~GLAY、山下久美子編~

2010年09月13日 23:01

過去このブログで原作を紹介した事もある、映画版「BECK」を先日観てきた。

wearebeck.jpg

邦画では「クローズ ZERO」以来劇場に足を運んだ。ついでにいうとここ5年で唯一ドラマで私のHDDレコーダに定期録画されているのは「モテキ」(テレビ東京 放映中)である。 挿入歌に柴田恭兵「ランニング・ショット」 を入れてみたり、森山未來クンがカラオケで熱唱するシーンでは岡村靖幸の「どぉなっちゃってんだよ」を歌ったりと その絶対的選曲センスにはただただ脱帽で、観終わった後、敬意を表しテレ東に向かって思わず敬礼をした。これには岡村靖幸の追悼の意も込めておいた。次お会いするときは(2年ぶり4度目)と甲子園常連校表記での対面じゃないことを心から祈ってる。

大変面白かったが映画の感想をウダウダ書くつもりはない。
今回言いたいことはこれだ。

世の中には、奇跡としか言いようのない出会いでできてるバンドがある
誰でも良いんじゃない。そいつらしかいないんだ


映画内で使われるこのフレーズがたまらなく好きなのだ。
このブログを書き始めてから数多くのミュージシャン達の自伝本を参考資料として購入してきた。たいしたファンでもないバンドの自伝本がほとんどなのだが、バンド絶頂期に至るまでのメンバーの出会いから結成のいきさつはどれもハズレがないのだ!

いや、あった(笑)光GENJIのピンク担当こと諸星和己著書「くそ長ーいプロフィール」と高杢著書「チェッカーズ」は例外である。斜め読みながら読み終えた後、痛めてる巻き爪がさらにうねりを増しメリ込んだ(気がした)。ひたすら当時の不満をブチ巻ける本書は、体のどこか弱ってる場所をさらに痛める事をお約束できる。高杢氏は本書発売の宣伝で、「ボクがこのボーロボンを出す決心をしたのは~」「これはボーロボンではありません」ともうこの段階で通訳が必要であったが、この奇怪な単語「ボーロボン」はもしかしたら業界用語なのかもしれないが、私は純粋に「暴露本」を読めなかったのではないかと思っている。

話がちょとそれたがバンド結成に至るまでの各ピースが埋まっていく過程は、決して同じ話は存在しないうえに、どれもハズれがないどれも至極の一品なのだ。もしこの「BECK」がヒットするような事があれば、多くの人がこの手の話が好きとなる。私が出版関係の仕事をしていたら、「奇跡の出会いを果たしたバンド達」としてあの時代のバンド達の結成のいきさつをまとめてシリーズ化する事を推すだろう。

残念ながらそんなコネもないので、私の唯一発信できるメディアでもあるこのブログにて今後定期的に紹介していきたい。
数が集まったらそれをまとめてみて、法則性やら傾向を分析したいと思います。

初回である今回は、GLAYと山下久美子の著書から取り上げたいと思います。
順番/組み合わせは関係ありません。一番最近読んだ2冊からいきます!



GLAY TAKURO著書 「胸懐」 
BECKでの「奇跡としかいいようのない出会い」に一番酷似していると思ったのがGLAYである。

胸懐胸懐
TAKURO

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◆小学生からの同級生
TERU(テル 小橋照彦) ←→ TAKURO(タクロー 久保 琢郎)  
     ↓

◆高校1年
TERU(ドラム) TAKURO(ギター) タクローの幼なじみヒトシ(ベース) この3人でGLAY結成
      ↓

リーダーTAKUROは、当初TERUの歌声を知らぬままドラムをまかせていて、ボーカル探しに難航していた。

「これは!」というボーカルが見つからなかったのだ。楽器は練習さえ重ねれば、その内なんとかなる。ボーカルはそうはいかない。歌そのものは上達するだろう。だけど、声だけは天からの授かりものなのだ。この世には確かに、神がかった声とでも表現するしかない声の持ち主がいる。GLAYにはどうしても、神がかった声、説得力のある声が必要だった。
(中略)
そういったわけで、ボーカル探しは難航した。結果から先に言えば、その努力は実ることがなかった。
というか、無駄だった。ボーカルを捜す必要はなかった。
最初からそこに”いた”のだ


なんて乙男心をキュンとさせる素敵な文章なのだろうか・・
テルの部屋に置き忘れたデモテープを返却される際、そのテープに仮歌されていた歌声に驚愕する事となる。BECKでも同様の奇跡が起きるし、ここは大きな見所でもある。タクローは人生で2度腰を抜かしたこと事があるという。ひとつはB.BLUEを友人宅で初めて聴いた時。もうひとつがデモテープから流れるこのドラマーの奏でる奇跡の歌声を聴いた時だという。
     ↓

TERU ボーカルに任命されるもドラムを熱望し、知り合いの先輩のVoを連れてくる
TAKURO その先輩の歌声では納得いかず、もう一度TERUをVoに説得する

     ↓
◆1年後(高校2年)、
「君の才能を、もっと他の場所で活かしてみないか?」と自衛隊の口説き文句
HISASHI(G)を他バンドから引き抜く。他2人をくわえ5人で高校生バンドとして活動
     
     ↓
◆高校卒業
高校生バンドの宿命である卒業=解散の岐路に立つ。
ドラムと結成当初のメンバーであるベースを熱心に誘うも、その母親から直接
「ごめんなさい あなたの夢にはのれないの」と説得され諦め2人脱退。


◆上京。印刷会社への就職
イカ天に出場するも審査員に「きみらのバンドは、格好と音楽がぜんぜんちぐはぐだ」と指摘され
演奏完走する前に打ち切られ、ひたすら落ち込む。


◆JIRO加入
3人の絆が強すぎて、この間激しくメンバーの入れ替わりが起こるもいずれも定着せず。
そんな時期に打ち上げの席にいた札幌時代の後輩であるJIROと出会い、全てのパーツがそろう

そして出会いとはなにもバンドメンバーだけではないのだ・・

◆YOSHIKIの来訪
彼らのデビューのキッカケとなったYOSHIKIの突然のライブハウス突然である。そのまま契約がしたいと言われYOSHIKIのレーベルへと機材車で移動中の心境の話がおもしろい。憧れであるYOSHIKIがやってきてもうシンデレラのような心境かというと全くそうではなかったという。GLAYは争いの嫌いな平和的なバンドである。ロックバンド界の草食系バンドと言ってもよいかもしれない。そこにきて「無敵と書いてエクスタシー(所属レーベル会社)とよむ YOSHIKIと書いて無謀とよむ」のゲイリー氏の時代である(笑)当時、レーベル関係者から「組長」と呼ばれていたYOSHIKIを筆頭とする絶対的な縦社会への不安しかなかったという。車中で音楽以外で悩むなら辞めようという結論になったそうだ。

交渉の席でTAKUROは2つの要求をする。ひとつはデビュー曲にてYOSHIKIにピアノを弾いいてもらうこと。
もうひとつは

僕としては、もうひとつ聞いておかなければならない質問をした
「あの、もうひとついいですか。先輩に飲めっていわれたら一升瓶を一気飲みできないと殴られるってほんとうですか?」
僕の質問にYOSHIKIさんは笑いながら答えた。
「ダイジョウブ。今はもうそんなことないよ」

今はもう?


この非常に切実な質問に笑ってしまった。というかすごくその気持ちがわかるのだ。憧れの人、憧れのメジャーデビュー・・それよりもなによりもこの異常な縦社会への不安の方が勝っているのがロックぽくなくて逆にイイ。やはりこの人はバンドマンでありながらも頭のキレるビジネスマンだとも思った。就職試験の重役面接で「サービス残業はあるんですか?」と臆さず聞く無謀さにも似るが、己の長い人生の大半を過ごす事を考えれば無謀なのか勇気なのかは判断のわかれるところだろう。よくアイドル上がりの微妙な立ち位置の女優が「そのシーンに必然性があれば脱ぎます」と聞きたくもない決意を聞かされるが、「必然性には負けません」と発言した薬師丸ひろ子を再評価すべきで、同じくリーダーとして契約の席でこれを質問したタクローも賞賛されるべきだと思う。

私の目ぼしいとかだけ書き出しているが、本書では全ての出会いや寄り道と思われた時期が最後にきれいに繋がっていく様を詳細に書かれている。興味があったらファンじゃなくとも読んでみて欲しい。


山下久美子 著書 ある愛の詩
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奇跡の出会いとは何もバンドのメンバーとは限らない。
彼女の場合の奇跡の出会いはモチロン布袋寅泰 その人だ。

結婚した時の布袋といえばあまり知られてないが若干24歳であった。
BOOWYの活動時期で言えば、2ndシングル『BAD FEELING』の辺りの駆け出しも駆け出しの段階での結婚だったのだ。
そんな若き獅子との結婚生活は壮絶であったようだ。

思えば、私たちはいちばんエナジーを持て余している時期に結婚生活を始めてしまったのかもしれない。特に若い彼に至っては、その嫉妬心においても尋常じゃなかった。「レッドシューズ」で呑んでいたときに、昔のボーイフレンドが入ってきたというだけで喧嘩になったり、たまたま居合わせた吉川が仲裁に入ると、今度は彼らが殴り合いを始めたりする始末だった


この時代の暴力史を学びたかったら、伝説のバーである「レッドシューズ」は戦(いくさ)の重要な拠点となるので是非覚えておいて欲しい。100年後の音楽史の教科書には安土城的な位置で「レッドシューズ」は記載されるだろう。そして吉川さんは本来ならこの記事の主旨には全く関係がないが、私がこれを読んでスルー出来る訳もない(笑)見事なトバッチリ、巻き込み事故だが許して欲しい。それにしてもこの手の逸話は吉川さんが頭ひとつ飛び出てるのに対し、布袋氏とゲイリー氏が頭3つほど飛び抜けている点も覚えておいて欲しい。80~90年代の音楽界暴力史の内訳を調べればこの2人が半分を占めているだろう。


この2人の結婚は当初山下がトップスターで布袋は無名なギターリストであった。
その後お互いの立ち位置が徐々に変わっていく。

まるで地軸がぎしぎしと軋みながらずれていく感じがあった。それが何なのか、気づくまでに時間はかからなかった。私のコンサートのはずなのに、明らかにギタリスト布袋寅泰目当てで来るファンが増え始めたのだ。サポートの位置にいるはずの彼が、いつのまにか私と同列かそれ以上になり始めてる。それは私にとって予想外の驚異だった。不安にかられた。すると彼に対して素直に向き合えなくなり、どこか屈折に近い感情を持ち始めた。たとえば、BOOWYがチャートのトップにランクインしたことですら、素直に喜べなかった。


私はこの文章を読んで夫の成功の喜びより、同じロックアーティストとしての嫉妬が強くなったと思った。男性がこれを読むと多くがそう読み取れるのではないだろうか?だが女性だと別の洞察ができるようだ。本書ではこの気持は嫉妬ではなく、置き去りにされるじゃないかという恐怖だったと述べている。正直私はこれを言われてもまだその感情にピンとこない。同じく夫であった布袋もこの感情を理解できなかったようで、この男女の感覚のズレが日増しにキシみだしたのだ。一般的に離婚の原因と認知されている布袋氏の心移りとは枝の一部であって、根元はこの心のズレだったと述べている


このようにあの時代のバンドマンの話はいろんな意味でおもしろい。ベストセラーになるのはいつでも打算計算された最終的に好感度につながるゴーストライターの書くタレント本ばかりだが、にわかファンぐらいが読むミュージシャン自伝本こそが一番おもしろい。今後も自宅に積まれている30~40はあるミュージシャン自伝本に注目しておもしろい個所を掘り下げていきます!
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