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拝啓 XXXX出版社様

2010年08月24日 23:00

XXXX 出版株式会社様

先日、このブログの読者の方から 「きくりんさん 吉川(晃司)さんに関して本を出しました?」との質問がありました。
当然ある訳ないのですが、ゲーセンの傘立てに金属バッドが置かれていたあの雨の日以来のイヤ~な悪寒が全身を走りました。

今年の春頃に出版されていたその書籍を教えてもらいアマゾンで購入し、先日私の元へ届きました。
本書は数多くの著名人の逸話や武勇伝をランキング掲載するもので、吉川氏は上位に位置し2ページに渡って記載がありました。

最初の1ページは吉川氏の経歴と紅白やベストテンでの破天荒ぶりを記載したある程度有名なことを箇条書き程度に書き連なるものであった。問題は次ページで1ページ丸々使って解説した吉川氏の暴行事件による記述だ。
私が3年前に書いたエントリーがこれである。

「ワン、ツー・・ スリー?」 に隠されたプロの技

私のこの記事はまず記者会見で行われた客観的事実を最初に記述。
それだけではこのブログの記事として面白みがないので、PVにて吉川氏が射撃訓練しているのを思い出し、
勝手にプロの殺し屋と見立てての妄想を行ったのだ。その境目がわかるようちゃんと改行を前後に入れて目立つように

> ここからはわたしの推測(妄想)に入る。

ここからいつもの悪ふざけ、悪戯、ご遊戯であり、ここに何の事実も存在しない。
事実よりもおもしろ味を追求する分岐点であり、完全に脳内妄想ゆえのオリジナリティーなのだ。

大事なことなので2度言いました。  妄想なのです!


書籍掲載文章
>素人同士のケンカでは顔面、特に眼や鼻を狙わず、大体は頬を殴るものだ。
>なぜなら、人間の理性がどんな興奮状態でも最低限働き、無意識のうちに正中線への打撃をストップさせるから。
>だが、吉川は一発目から拳を鼻に打ち込んだ。
>一撃で鼻を折るパンチだから、腰の回転と体重が十分載った、いいパンチであろう。

私のブログでの文章
通常、素人同士のケンカで顔面を殴る時は、頬に集中する。人間というものはどこかで恐怖心があるため、眼や鼻という場所はいくら興奮状態でも無意識に避けてしまうのだ。それが常人の喧嘩である。その点、初弾を鼻に打ち込むとは、愚地独歩なみの実践空手の考え方である(吉川は少林寺拳法の使い手でもある)。そして一撃で鼻を折るほどのパンチであるから、ひねり(回転)と腰(体重)がのっていた事は容易に想像できる。


読んだ直後、笑い飯の西田じゃないが「それオレの妄想(オモロいやつ)!」と叫びそうになった(笑)
正中線とか用いコンパクトにまとめる辺り、プロの書き手さんが私のボケを添削しながらさらなるボケを重ねてきており、哲夫への嫉妬が止まらない。申し訳ないがあなた様とコンビを組んだ覚えはない。
ついでに言っとくと一発目に鼻を殴ったとか私の勝手な仮想バトル妄想であり、それを事実として広めないで欲しい。


書籍掲載文章
>そして注目は肋骨の骨格である。ヤクザ関係者によると、プロが素人をシメる際に有効なのは、脇の下を強く殴ることらしい。
>いくら強打してもアザが出来ない=証拠が残らないからである。
>加えて、激痛が一瞬にして体中に響くため、どんな巨体な男でも一発でのされてしまうのだ。
>吉川が鼻に続いて肋骨を狙ったこと自体、プロにしかわからない勘所を十分熟知していたことを示してる。
>それ以上に恐ろしいのが何の躊躇なく、一発で骨折させるぐらい的確にヒットさせたという、吉川の「仕事人」の側面だろう。

私のブログでの文章
そして、もっと興味深かったのが肋骨の骨折である。元警視庁にいた経緯を持つ北芝健の書物を紐解いていると興味深い記述があった。取調室などで暴れるヤクザや凶悪犯を大人しくさせるときは、必ず脇の下をピンポイントに強く殴るというのだ。この理由は簡単で、どんなに強打してもアザが出来ず(証拠を残さず)、尚且つ、吐血を伴うほどの激痛が一瞬で体中に走り、どんな巨体の男でも一発でダウンし、のた打ち回るという。そう、脇の下とはその筋のプロが好むヒットポイントなのだ。吉川が鼻の後になぜここを狙ったのか?そして、たった3発で仕事が終わった理由は理解してもらえたと思う。



北芝氏をヤクザ関係者と表記したのは、あながち間違いでもないので笑わせてもらったが、ここまで文章が類似する偶然があるならあなたは私のドッペルゲンガーに違いない。お会いして時空的なものを一緒に歪ませてみませんか?

偶然でなく盗用である事が確信できる部分がある。なぜならこの部分は私が勝手に都合割愛した事実と少し異なる文章だからだ。これ正確には脇の下の急所を握ったコブシの中指関節を軽く立てナックル上にしてピンポイントで殴るが正確だからだ。なので秘孔を突くがより正確な表現で、これでは肋骨に打撃は全く伝わらない。殴り方を失敗すると肋骨折れるかもという部分を妄想にそこまでディテールは必要ないとのこちら勝手都合で省いて書いているだ。

上記を含めその他も私のページを元に書かれたであろう文章が1ページに渡って書かれていた。その他の引用部分は客観的事実の引用と多少の表現の仕方の模倣だから問題には思ってない。

正直これを読んだとき、見事にパクったなと思ったものの問題にする気はなかった。こられの著名人に一人ずつ取材する訳にもいかないだろうし、逸話のネタ元を辿るにも限界があるだろうからネット上の信ぴょう性の薄いカキコミをソース源として使ってしまう事もあると思っているからだ。

しかし、どうしてもこれから書く点が譲れないというか気に触り今回の記載に至る。

吉川氏以外の他ページを読むと、他所から引用した文章はそれと分かるようにカギ括弧で括られ
「あるスポーツ氏デスクはこう語る」「(音楽関係者談)(ボクシング関係者談)」「XXXX(対象者)著書より」とそれが引用だとわかるようになっていて情報元に敬意がみられるのだ。筆者の憶測には「~らしい」と情報源のわからないものについては伝聞表記されているのだ。

結論から言えば完全にネット上の書き手はナメられていという事だ。

ネット上での名のなき書き手なら盗用したところでバレないだろうという安易さを感じるし、問題になったところでそれを知る人間の少なさを甘く見積もっているのである。引用表記するか盗用するかを相手の媒体規模によって変えてる点が気に入らない。これだけ引用表記をしているなら、それがない記述に関しては100人読めば全員が筆者の考えだと思うはず。

こんな現状じゃネット上での書き手は育たないぜよ。私を含めほとんどの人がネットでカキモノをしていても収入どころかお小遣いにもなってないはずである。時給換算したら50円にも届かない人が大多数であろう。趣味と割り切り身内内で読まれている内なら問題も少ないだろうが、不特定多数が月に何十万人も訪れるようになると、見えない銃で撃たれまくるのだ。そうなっていくと聖者の様なありがたみのある記事しか書けなくなっていくのだが、だけど聖者になんてなれないのだ!いろいろ言われながらも自分色をだしている方がいい。こんな戦いを日々繰り返しながらやっているのにゴールが全く見えなさすぎる。収入も名誉もない、ただただリスクだけはつきまとうネット上のカキモノにおいて、多くの人がやり始めるもそのほとんどが辞めてしまうのはよ~くわかる。

大手サイトになるには規模は違えど実際の大手の雑誌になるほどその過程は険しいのに、批判と盗用で潰されるなんて悲しすぎる。なんせそれを達成したどころで書き手としての通過点にもなっていないのが実情だ。これが仕事になって飯を食えるようになればどれだけ素晴らしいだろうと満員電車に圧縮されながら考えたりするが、今の現状じゃプライベートを圧迫する見返りのほぼ無いリスクだけは高い投資である。

こんな現状じゃネット上での書き手は育たないぜよ!
これも大事だから2度言いました。


私が松本零士だったら烈火の如く怒り、今頃裁判所にいる事だろう・・・

わたし  「裁判長。A氏は無断で私の文章を盗用し、時給チロルチョコ程度の私を差し置いて収入を得てます」

A氏弁護人 「異議あり! きくりん氏の考えと、被告の考えが偶然一致したに過ぎません」
      「あなたの考えは人と被る事がないのですか?ありえないでしょうに」

わたし  「うぐっ・・こ、、こんな妄想 吉川愛に充ち溢れてないと書けません。
      A氏に吉川さんが「アフォフォ」言うのを辞めた時期とその理由を答えさせてください!」

裁判長   「・・・却下します」

わたし  「じゃぁ・・じゃぁさ~・・
      吉川さんが歌番組で「ゴルフする奴はロックじゃないですよ」って言った時にすかさずフミヤが
      「でもミックジャガーやロッドスチュアートはゴルフやってるよ」と言われた時の吉川さんの体が一瞬ピクって震えたのは
       殺意を押し殺す為だったか、笑いを堪えたのか答えてみろよ!」

裁判長  「・・・閉廷します」


私の裁判の発言など、常時ストⅡのベガの強キックである。
きっちりしゃがみガードをした弁護士のフルコンボをフリーズ状態で体いっぱいに堪能することしかできないのは目にみえている。

元々その気もないがこんな事で私のか細いロウソクの炎を燃やすことはしない。
だから筆者もわかっているが本の名前と共に伏せさせてもらう。筆者がこれを読んでイエローカードを提示されたと思ってくれればいい。
良い機会だから申し訳ないが、この件を元にネット上での書き手のグチを上乗せさせてもらっているだけだ。


私が自宅で無断で松本零士の詩を使って、小林亜星の曲にのせ替え歌歌っても誰も怒らないが
槇原敬之が亜星のメロディーを借用し零士の詩をのせて発売したら大問題なのである

私ごときの文章に著作権うんぬんを叫ぶ気はないが、この本を読んだあとに私の文を読んだら私が盗用してると思われる点と、こんな間違った妄想を誌面を使って流布されちゃー、いざ情報元が私だとわかった時に吉川さんにシンバルキックされても文句言えないですからね。

各出版社/ライター様へお願いしたい
今回の元記事は妄想ですとはっきり明記してるが、全てのこの限りじゃない。全ての記事の冒頭に(これは妄想です)と書かれていると思って欲しい。そして全ての文章の末尾に(らしい)が隠されていると思って欲しい(笑)私に確認を取らず本にするのであれば全ての文末に~らしいを付けて頂きたい。私が書籍化するなら使えるとこと使えないところは自分なりに判断できる。勝手に使われ、その事に関してまでリスクをこれ以上しょいたくないというのが本音だ。今回の件でウワサが事実と代わり間違ったまま大きく伝わっていく過程を確実に見た。普段はブログなど信ぴょう性0と思っている影響力のある大手マスコミ関係者も、この本がソースだと信じてしまうケースだって十分考えられる。

ネット上の書き手ほど育ちにくく、その環境も整ってない環境も珍しいじゃないだろうか。
昔と違って文才溢れる書き手がネット上で書き始めるケースも多いはず。
こんな現状じゃネット上での書き手はいつまで経っても育たないぜよ

大事なことなんで3度言いました。
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「流れ星 銀」 イヌが語る犬死にの重み

2010年08月19日 00:24

黄金期のジャンプを思い返した時に、ドランゴンボールや北斗の拳のような作品はこれから先もいろんな視点で語られていくのだろうが、その黄金期に同じく名を並べテレビアニメ化などのヒット道を歩んだにも関わらず、その内容をあまり人々の記憶に留めてない、実弟に「喪主の花田勝氏」 と呼ばれるぐらい残念な作品というのがある。

銀牙―流れ星銀―(1983年~1987年)

銀牙―流れ星銀― 8 (ジャンプコミックスセレクション)


この作品は連載当初に打ち切り間近から盛り返し、人気急上昇でテレビアニメ化までするも、全世帯を巻き込んだ人気とはならずアニメはすぐ打ち切りとなった訳だが、それでも誌面では爆発的なヒットとならずともこの激戦区を生き抜いてきた価値ある作品なのだ。

ミスユニバースで世界一をとる日本代表は日本国内での活動がなぜかぱっとしないのと同じで、何が勝ちかを判断するのは難しい。

同じく黄金期に人気と共にアニメ化されるも、打ち切りとなると最終号の作者コメ欄に
「これで燃えるお兄さんは終わりだ。覚えて居たいやつは覚えていればいい。忘れたいやつは忘れちまえ。この漫画は意味は何もない。四年間どうも有りがとうーもう飽きられちゃったからやる事など何もない」と巻末でサリンをばら撒いて去ったこの作者も多くの作品が忘れられる中、記憶に留めるという意味では勝ちかもしれない。

そういった意味でアラでもいいのだ。連載終了後に何かしら話題を提供できる作品こそ一流と認められた証なのだ。ということで、犬の世界ながら相当シリアスで突付き所の少ないこの作品にあえて注目してみる。



作者の高橋よしひろ先生は銀牙の連載以前に月刊ジャンプで「白い戦士ヤマト」(1976年~88年)という作品を長期連載していた。
銀牙と同じく主人公の秋田犬がライバル犬達と戦いを繰り広げる作風は同じだが、大きくひとつ異なる点がある

「ヤマト」が一切言葉を発しない設定に対し、銀牙は犬語なるものをしゃべるのだ

その経緯に関して作者の高橋よしひろ先生はこう述べている

----「犬同士の会話」は、銀牙の途中から始まりますよね

高橋 
「ヤマト」では犬は話してなかったんだよね・・
「銀牙」はね、実は最初人気なかったの。それで次の巻頭カラーが最後のチャンスっていう状態で、
その号に合わせて「じゃあ喋らせようかって。
犬の心情がわからないから、人気が出ないんだということでね。
で、話させたら、ウワッと人気が出た(笑)

引用元:銀河聖犬伝説(集英社)



打ち切りが迫った状態での思い切った設定変更がおもわぬ起死回生へと繋がったのだ。

当然、犬語は犬社会にしか通じない独自の言語なのだ。
しゃべらすという事は必然的に強いキャラ付けと共に、それに伴なうほころびも出てくくるものだ。


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イヌとはいえ老若男女いる訳だから、口調が変わっていくのはモチロン想定内である
だが全国津々浦々をめぐるこの作品にて地方ごとに大胆な方言を採用してしまうとは想定外だった(笑)


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驚きなのはこの流暢な博多弁よりも、この犬の名前がヘンリー三世であることだろう。

江戸っ子もいれば東北弁もいるが主人公の銀(秋田犬)は終始標準語である事からわかるように当初の予定を大きく超えた舵取りがあった事が伺える。終いには「うぬら」と時代劇調に語りだすボス犬も現れ、当時高橋先生のアシスタントであった原哲夫もその影響を受けたのではないかと勘ぐってしまう。


忍び出身でクワを咥えたりお面をかぶったり馬に乗ったりする犬がいるその独自の世界観はすんなり受け入れて読めたのだが、なぜだかこの方言設定だけはちょっと笑ってしまうのです。

道徳的な事を人間に言わすとクサくなるけど、犬に言わすとクサくならないとの発見があったようで、
人間でも言わぬような熱いセリフが多く見られる。

そんな本作品の中でも一番驚きなのがこれだろう。


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イヌが犬死に(無駄に死ぬこと)すると発する驚愕のヒトコマである。
作風や作者のマジメな人柄を考慮しても、このコマはなにか狙ったわけじゃなく、自然発生したものものであろうが、
死ぬ間際のイヌが語る犬死にはどれほど無念で重く説得力がある言葉なのだろうか!(笑)

本作品は海外で非常に高い人気を保ち、各国で翻訳されて発売されているようだが各方言と犬死をどう訳しているのか興味が尽きない

ヒロトの飾らない本音に潜むドブネズミ

2010年08月14日 23:54

どんな著名な歴史上の哲学者の発言よりも、メロディーにのっけて放たれる短的な詩的メッセージに心奪われる時期がある。
ニーチェや孔子の教えより先に、自らを大事マンと称するモノ達の説法を街のいたるところから説きふせられるという、まるで無くしたエアギターを捜索するかのようなメビウスの輪から抜け出せない時期を過ごしてしまったのだ。

そのお陰かデビュー間もない浅香唯が「芸能人は12~3人しかいないと思ってた」との発言に当時、宮崎出身ゆえの素朴さが奏でる郷土音だと微笑ましてもらったもが、今となっては黒より黒い暗黒級のドス黒さしか感じることができなくなってしまった。
決して 燃える血を忘れた訳じゃない!甘いぬくもりが目に染みただけ!と思いたかったが、もうわたしの色眼鏡は何重にも重なっており、ぬくもり程度じゃ目には染みてこないのだ。

最近になってやっと、「J-RAPの感謝率」「J-POPの会いたい率」「J-ROCKの何かを探せ!率」が異常値である事がわかってきたように、これらメッセージは今となってはほとんど記憶に留めてない。

だが、唯一ブルーハーツ時代のヒロトが放った言葉で今になってその重さを痛感できる言葉がある

「生活は下手な理想主義をぶっ飛ばすくらい重いもんだと思う」

今となってなんと真を突いた言葉だろうかと思い知らされる・・
軽いあこがれだったりうっすら思い描く未来程度の玉など、生活という名のあさま山荘の鉄球に太刀打ちできるわけもない。


下手な詩的メッセージよりも思ったことを直にそのまま発するブルーハーツ時代のヒロトの飾らない本音にこそ、そこに重なる本当のメッセージが見え隠れしていると思う。

そんなブルーハーツ時代のヒロトの飾らない本音を集めてみた。



ファンのことなんか関係ねーよって言うのがカッコいいんだろうけどさ、
結構、ファンのこと意識してやってるんだよね、俺。


僕は僕の偏見で歌を歌っとる


まわりが見えてないと不安でしょうがないんだよ


夢と現実のギャップでさ
押しつぶされそうになるんですよ 


学校がイヤだと言って登校拒否できるやつはええよ。
俺はいじめの対象にもならない本物の劣等性だったんよ。


あのビルん中の一室で毎日おんなじ働きをしとる人があるんだけど、
それが安定した生活かと言われたら、本当ににそうなんかなぁ?と思うよな。


カッコつけんと生きとれんよ。
〝飾りなんかいらないんだ〟というカッコつけ。


ポリシーは・・・・・ポリシーとか何とかを決めないこと。


ボクは一貫して自己満足です。めざすものは。

ブルーハーツは全てをわかってる人達じゃないからさ、
普通の人なんだからさ、人生相談されても困るんだよね



引用文献:ドブネズミの詩(うた)  (著者/ザ・ブルーハーツ 角川書店 1988-12)                  
     ザ・ブルーハーツ『1000の証拠』 (月刊宝島)



唯我独尊と思われたヒロトのこういった一面を知ることで彼らの唄と詩にまた違った広がりがみえてくるからたまらない。
未だにドブネズミに潜む美しさを見出すことはできないが、彼らの人間臭さを放つネズミ達はよく見える

刑事ドラマ・マンガの間違い

2010年08月07日 20:58

警察の世界というのは一般人には刑事ドラマや漫画でしかその世界を知るすべがない。
大門軍団が街中でショットガンを撃ちまくるのは、さすがにおかしいとわかるとしても
その他の世界観や設定は意外と鵜呑みにしてしまっている。

そこで元警視庁刑事の経歴を持つ北芝健氏の書物を紐解き、実際の刑事と架空の刑事を比べることによって
各作品の間違いを知ることにする。



◆ 躍る大捜査線
レインボーブリッジは所轄で封鎖出来る

関係各所(都市整備局、湾岸局、国土交通省)の意向に関係なく
犯人が通る可能性が出てきた時点で、不審車両がいるということにしてしまえば、
所轄だけで封鎖しても問題なし。



◆ 名探偵コナン
小学一年生の証言に証拠能力はない

捜査の基本である「六何の法則(5W1H)」もままならない
小学一年生の証言など相手にしてもらえない

(追記※過去5歳の証言が採用されたケースもあるとのコメント頂きました。
    断言できるものではないようです)



◆ 金田一少年の事件簿
現場には一般人は入れない

事件現場へはなんびとたりともみだりに足を踏み入れることは許されない
名探偵であろうと刑事の許可があろうとお偉いさんであろうと例外はない



◆ 相棒、踊る大走査線
警官は無帽での敬礼は絶対にしない

映画やドラマで刑事が制服警官に向かって挨拶代わりに敬礼するシーンがみられるが、
一発で私服警官とわかる行為は禁止されている



◆ ルパン三世
銭形の所属するICPO(インタポール)には捜査権や逮捕権はない

ICPOはあくまで加盟各国の情報共有期間であり断じて「国際警察」などではない。
銭形はむしろ公務執行妨害の現行犯となる



◆デスノート
法律を変えない限り キラは捕まっても無罪放免

不能犯(犯罪的な結果を意図したものの直接その結果を発生させることがないため、刑罰の対象とならない行為)として
司法が裁くことのできない存在ゆえに立証不可能



◆ 古畑任三郎
東京都全域を自転車で移動は不可能

東京都全域を管轄する本庁の刑事が緊急を要する出勤に自転車でやってくることはありえない
ましてやブランドものの自転車は警察車両としては到底考えにくい。
また警部補のようなたかだか主任クラスであの髪型はありえく、
第一印象を損なう髪型は聞込みで本物の刑事か疑われる。

犯行の自白だけで、公判の維持は不可能

ほとんどが犯人の自白しか得てないこの作品で、犯人が裁判で否認したら
証拠不十分で公判自体が維持できなくなってしまう。



◆ はぐれ刑事純情派
パソコンが使えない刑事は存在しない

日常の通常業務もパソコンは必須で、クリックって?という刑事は仕事にならない。



◆ ガリレオ
監察医は都内に一カ所だけ

真矢みき演じる監察医は署内にいるかのように描かれているが、
監察医は大塚にある東京都監察医務院しかいない




◆ あぶない刑事、西部警察
サングラス着用には特別な許可がいる

ヒゲなどの自然発生物以外で人相を変えるおそれがある時は”異装届”を提出したうえで上司の許可が必要
ちなみにズラはセーフ

ブランデーやブランドものの洋服はありえない

常に貧乏である現場の刑事においてダンディー鷹山のようなブランドものに身を包んだ刑事は存在しない。
また一課長程度に個別の部屋など用意されておらず、ブランデーなどあるようなら服務規程違反で飛ばされる

警官の90%以上は実践で拳銃を使用することなく終える

まして拳銃は貸与されるわけで自分で選べないので2丁拳銃などありえない




◆こちら葛飾区亀有公園前派出所

遠距離通勤はNG

北条正義巡査は東大卒のエリートで三重県の松坂から新幹線で通っていた。
交通費も税金である以上、寮または首都圏の親戚を頼るように指示される

両さんの服装は始末書4枚が必要

無帽、腕まくり、サンダル、旧制服
服務規程違反で年間1000枚の始末書が必要

元極道の刑事は存在しない

初期のキャラである戸塚金次は背中に入れ墨を背負いほほに傷がある。
実際は警察学校に入校した段階で裸にされ五体満足かチェックされる。
そこで和彫りやタトゥー、小指がないのはそこで落とされる。
ただし、元暴走族の白バイ警官の本田巡査のような経歴の持ち主は多く存在する。
麻里愛のような性同一性障害の男性も警官にはなれるが、まだ前例はないようだ


                    参考文献: 警察裏物語 北芝 健 (バジリコ株式会社)
                            踊るドラマの刑事 ウソ・ホント   (コアマガジン)
                            警察のしくみ (図解雑学)   (ナツメ社) 

加賀まりこの「歌手にこびない司会」がもたらしたもの

2010年08月07日 17:08

打ち切り決定!石橋&中居の「ミュージックアワー」8月で終了へ

音楽番組の本格的な冬の時代となり、今後各局の歌番組の打ち切りがみられるかもしれない。
一昔前も長寿歌番組が相次いで打ち切りとなった大きな変革期があった。
ベストテン、トップテンの相次ぐ打ち切りで最後の砦となったのが「夜のヒットスタジオ」であった。

この時期の司会は古舘伊知郎/柴 俊夫のダブル男司会という当時は珍しい形態であった。
タモリ/生島ヒロシのMステコンビは、ちびまるこちゃんのさくら家でいう「友蔵」、「ひろし」の知名度だが
柴 俊夫は残念ながら姉の「さきこ」のような陰日向な存在であった。

歌番組低迷の流れを断ち切るため起死回生となる劇薬が求められた。
そこで選出されたのが、加賀まりこであった。

kagauntitled.jpg

最初の放送で加賀は

歌手にこびない司会をやる

と宣言するのだが、この言葉は嘘偽りが一切なかった事を知ることとなる



◆B'z 出演時('90.1.15)

加賀まりこ 「さっきのリハーサルの時とはえらい違う・・・いい男になってる!」
稲葉     「そうですか・・」
加賀    「あたしはね、B'zの男の・・この子、稲葉くんはいい男だと思ってたの。思い込んでたの!」
加賀    「それでさっきのリハでスッピンの顔を見たらさ、「なんだ」って思っちゃった。
       でも今は綺麗ね。うん綺麗よ」
古館     「それ全然フォローになってないじゃん。それじゃスッピンがよくないみたいに・・
        そんな厚化粧してないでしょ?」
稲葉     「そのつもりなんですけど」
加賀     「ちょっとしただけでこれだけ変わるってすばらしいわよ」
古館     「こうやってね言うときってね、好みなの。手口なの。この人の。
        ケナしているようでホめてるようで」
       「ちょとこの人がかわいそうじゃないですか、松本さん。全然話に上らなくて」
加賀     「こっちは不細工のほうね(笑)」



◆ プリンセスプリンセス 出演時

冒頭、週刊誌に載ったハウンドドッグの大友とのデートをしつこく聞く。
奥居に対して「あんたはブタね 生理中じゃないの?」プリプリ全体に大しては「なんか汚いわね」と発言。
この時は奥居もメンバーも笑っていたように記憶するがその後、 持ち歌を披露した後、楽屋に篭城し大泣きする事態となる。

奥居は自分がパーソナリティーを勤めてたラジオ番組で
「あのおばさん感じの悪い人! 本当に嫌い!」

以後の夜ヒットの出演を拒否する事態となってしまう。

しばらく後のオープニングトークでこの顛末をイジられる一幕もあっった

柴俊夫 『加賀さんは番組におじさんファンを引っ張ってきましたよね』
古舘  『その代わりプリプリのファンを失いましたけどね…』


このラジオに関してちょっと話を脱線します。
この奥居香のラジオは生放送だったと記憶してますが、リアルタイムでよく聴いていました。
当時14歳の男兄弟だったので大人の女性というのを勝手に神秘化してしまった時期でした。このラジオはいろんな意味でロックな発言が多く、女性への幻想を打ち砕かれた記憶があります。

例えば「レンタルビデオ屋でだだっ広いフロアでた~くさん借りれると思うと、毎回無性にウンコにいきたくなるんだよねーなんだろうこれは・・」というホームラン級の僻を語ってみたり

奥居が真心ブラザーズの大ファンだったようで、彼らのPVに当時デビュー前の無名だった頃のPUFFY(パフィー)が起用されていたようで、「ねぇ? だれなのあの子?」「PUFFY?知らない!なんのコネ?んも~~!! ほんと誰よ!腹立つわね」と相当妬み全開の悪態をついていた。

これを文字起こしたところで無垢な少年だった私のあの複雑な気持ちは伝わらないと思います。
いうなればシブがき隊が絶頂期にスーパージョッキーに出演した際、視聴者の質問に答えるコーナーで

質問「シブがき隊のみんなは普段どんな会話をしてるんですか?」
薬丸「無言です!

あの時のヤッくんの真っ直ぐな瞳に感じた虚無感に似てますかね(笑)



感じたことを直感的に口に出す加賀のその姿勢は、大物小物を問わず切り捨てていった


◆南野陽子   「あら案外色黒なのね、時代劇では 綺麗な人だと思ったけど」

◆CoCo『はんぶん不思議』で出演  「このお嬢ちゃん達は挨拶しないのよ」
                      「あんた達の方がよっぽど不思議よ」
                 
◆CHAGE and ASKA   「(CHAGE)Cを取ったらハゲじゃない」

◆カールスモーキー石井  「汚い、汚らしい」

◆松田聖子       「ケバくない?」

◆酒井法子       「キャバクラに行けば一番になれるわよ」

◆工藤静香        「あんた19歳でそれしかないの」

◆徳永英明        「ジョーズみたいな歯ね ブサイク」

◆久保田利伸       「あなたほんとサル顔ね」

◆高見沢(アルフィー)  「大阪国際女子マラソンあなたも走るの?」

◆矢沢永吉        「たこ八郎みたい」


当時のフジテレビの苦情電話の受信件数を塗り替えた一端が確かに伺える。


そして、ついにあの男、長渕が出演する事になったのだ。

オスとメスの頂上決戦ともいえるこの対面に、冒頭古館は「今回は加賀さんに気ぃ使って、長渕さんに気ぃ使って大変な1時間です」と発言。ブラウン管から溢れ伝わるこの緊張感はなんだろう。西村知美の結婚会見でキスの味を「ペパーミントの香り」と言い放った時のマスコミ席に広がった殺気にも似ている。でもなんだろうこのワクワク感・・

だが肩透かしを食らうことになる。
加賀は好き嫌いが相当ハッキリしているようで、長渕はかなりのお気に入りだったようだ。
「待ってたのよ~」で始まり奇声を上げたり腕を組んでみたりとベタつき、なにか安いキャバクラのようにもなり、あの長渕を一歩も二歩もひかすという事態となったのだ。


結局、加賀だけの責任ではないかもしれないがわずか1年でその長い番組の歴史に終止符を打った。
「あの頃は更年期で苛々していて…」と後に夜ヒット時代を反省しているようだが、加賀は言い過ぎがあったのは事実だが、局側に求められた役割を果たしただけなのだ。


私がもし出演者なら井上潤/芳村真理に当たり障りの無いことを聞いてもらう事を望むだろう
だが視聴者としては物足りなさを感じる。この夜ヒットの終了でフジテレビは今後の歌番組のあり方を相当研究したであろう事は後番組「MJ」の古舘伊知郎・加山雄三田中律子という全ての視聴者層を取り込むうとした安易な抜擢にも見て取れる

NEWS ZEROとMJの違和感

このような紆余曲折を経た結果、出演者に失礼とも思える発言をそう感じさせない人柄で、尚且つ音楽に興味のない視聴者をも取り込む事のできる、松山千春をペプシマンと言って放つも当人にも視聴者にも得を配れる司会者が誕生したんだと考えます。

当時はまさかと思えた音楽知識皆無のお笑いコンビに司会が決まったことは非常に驚きでしたが、その反面聞き手でありながら一切媚びないその姿勢に面白みを感じたのも事実です。そういった意味で加賀まりこの「歌手に媚びない司会」を良い意味で継承した抜擢だったと思います。

媚びない司会もはや15年経ち、近年は懐メロ紹介番組へとシフトしてると聞きます。今回の改革で次はどの方向に向かうのでしょうか

I'M GETTIN' BLUE

2010年08月07日 16:44

この時代のキッカケは何事もドラマであった。


「はいすくーる落書き」で流れたTHE BLUE HEARTSの「トレイン・トレイン」はすぐレコード店で購入した。
それをエンドレスリピートしていると、教室のどこかから「リンダリンダ」がいいよ・・と漏れ聞こえてくる
また、レコード店に走るがリンダリンダなるものをさがすも見当たらない。
当時本当にBLUE HEARTSのCDは品薄だった。
休み時間にどこからかバトン状態で回ってきたそのアルバムの最後にその曲は収録されていた。

この時代、クチコミで回ってきたCDの中にこそ本当の名曲が眠っていた



何事もキッカケはドラマであった。

「同・級・生」で流れたZIGGYの「GLORIA」はすぐ購入した。
地方の唯一の娯楽であるカラオケでイヤでもこの曲を何度も聴くことなる。
そんな時期、教室のどこかから「午前0時のMERRY-GO-ROUND」がいいよ・・
グロリアの後発であるこのCDはすぐ手に入れた。満足だった
しばらくすると「I'M GETTIN' BLUE」 ヤバいよ・・ とまたどこかで漏れ聞こえる
いくら探してもネットもないこの時代、見つけられなかった
諦めかけていると昼休みに3人ぐらいにバトンされた I'M GETTIN' BLUE が机の上に置かれていた


この時代、クチコミで回ってきたCDの中にこそ想い出の詰まった名曲が生まれた





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