ライブドアブログ移転にともない、アドレス変更となります。


引越し先: http://blog.livedoor.jp/kaiko80s/

新RSS   http://blog.livedoor.jp/kaiko80s/index.rdf


お手数ですが、よろしくお願い致します。

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

奇跡としか言いようのない出会い ~GLAY、山下久美子編~

2010年09月13日 23:01

過去このブログで原作を紹介した事もある、映画版「BECK」を先日観てきた。

wearebeck.jpg

邦画では「クローズ ZERO」以来劇場に足を運んだ。ついでにいうとここ5年で唯一ドラマで私のHDDレコーダに定期録画されているのは「モテキ」(テレビ東京 放映中)である。 挿入歌に柴田恭兵「ランニング・ショット」 を入れてみたり、森山未來クンがカラオケで熱唱するシーンでは岡村靖幸の「どぉなっちゃってんだよ」を歌ったりと その絶対的選曲センスにはただただ脱帽で、観終わった後、敬意を表しテレ東に向かって思わず敬礼をした。これには岡村靖幸の追悼の意も込めておいた。次お会いするときは(2年ぶり4度目)と甲子園常連校表記での対面じゃないことを心から祈ってる。

大変面白かったが映画の感想をウダウダ書くつもりはない。
今回言いたいことはこれだ。

世の中には、奇跡としか言いようのない出会いでできてるバンドがある
誰でも良いんじゃない。そいつらしかいないんだ


映画内で使われるこのフレーズがたまらなく好きなのだ。
このブログを書き始めてから数多くのミュージシャン達の自伝本を参考資料として購入してきた。たいしたファンでもないバンドの自伝本がほとんどなのだが、バンド絶頂期に至るまでのメンバーの出会いから結成のいきさつはどれもハズレがないのだ!

いや、あった(笑)光GENJIのピンク担当こと諸星和己著書「くそ長ーいプロフィール」と高杢著書「チェッカーズ」は例外である。斜め読みながら読み終えた後、痛めてる巻き爪がさらにうねりを増しメリ込んだ(気がした)。ひたすら当時の不満をブチ巻ける本書は、体のどこか弱ってる場所をさらに痛める事をお約束できる。高杢氏は本書発売の宣伝で、「ボクがこのボーロボンを出す決心をしたのは~」「これはボーロボンではありません」ともうこの段階で通訳が必要であったが、この奇怪な単語「ボーロボン」はもしかしたら業界用語なのかもしれないが、私は純粋に「暴露本」を読めなかったのではないかと思っている。

話がちょとそれたがバンド結成に至るまでの各ピースが埋まっていく過程は、決して同じ話は存在しないうえに、どれもハズれがないどれも至極の一品なのだ。もしこの「BECK」がヒットするような事があれば、多くの人がこの手の話が好きとなる。私が出版関係の仕事をしていたら、「奇跡の出会いを果たしたバンド達」としてあの時代のバンド達の結成のいきさつをまとめてシリーズ化する事を推すだろう。

残念ながらそんなコネもないので、私の唯一発信できるメディアでもあるこのブログにて今後定期的に紹介していきたい。
数が集まったらそれをまとめてみて、法則性やら傾向を分析したいと思います。

初回である今回は、GLAYと山下久美子の著書から取り上げたいと思います。
順番/組み合わせは関係ありません。一番最近読んだ2冊からいきます!



GLAY TAKURO著書 「胸懐」 
BECKでの「奇跡としかいいようのない出会い」に一番酷似していると思ったのがGLAYである。

胸懐胸懐
TAKURO

幻冬舎 2003-06
売り上げランキング : 36323
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



◆小学生からの同級生
TERU(テル 小橋照彦) ←→ TAKURO(タクロー 久保 琢郎)  
     ↓

◆高校1年
TERU(ドラム) TAKURO(ギター) タクローの幼なじみヒトシ(ベース) この3人でGLAY結成
      ↓

リーダーTAKUROは、当初TERUの歌声を知らぬままドラムをまかせていて、ボーカル探しに難航していた。

「これは!」というボーカルが見つからなかったのだ。楽器は練習さえ重ねれば、その内なんとかなる。ボーカルはそうはいかない。歌そのものは上達するだろう。だけど、声だけは天からの授かりものなのだ。この世には確かに、神がかった声とでも表現するしかない声の持ち主がいる。GLAYにはどうしても、神がかった声、説得力のある声が必要だった。
(中略)
そういったわけで、ボーカル探しは難航した。結果から先に言えば、その努力は実ることがなかった。
というか、無駄だった。ボーカルを捜す必要はなかった。
最初からそこに”いた”のだ


なんて乙男心をキュンとさせる素敵な文章なのだろうか・・
テルの部屋に置き忘れたデモテープを返却される際、そのテープに仮歌されていた歌声に驚愕する事となる。BECKでも同様の奇跡が起きるし、ここは大きな見所でもある。タクローは人生で2度腰を抜かしたこと事があるという。ひとつはB.BLUEを友人宅で初めて聴いた時。もうひとつがデモテープから流れるこのドラマーの奏でる奇跡の歌声を聴いた時だという。
     ↓

TERU ボーカルに任命されるもドラムを熱望し、知り合いの先輩のVoを連れてくる
TAKURO その先輩の歌声では納得いかず、もう一度TERUをVoに説得する

     ↓
◆1年後(高校2年)、
「君の才能を、もっと他の場所で活かしてみないか?」と自衛隊の口説き文句
HISASHI(G)を他バンドから引き抜く。他2人をくわえ5人で高校生バンドとして活動
     
     ↓
◆高校卒業
高校生バンドの宿命である卒業=解散の岐路に立つ。
ドラムと結成当初のメンバーであるベースを熱心に誘うも、その母親から直接
「ごめんなさい あなたの夢にはのれないの」と説得され諦め2人脱退。


◆上京。印刷会社への就職
イカ天に出場するも審査員に「きみらのバンドは、格好と音楽がぜんぜんちぐはぐだ」と指摘され
演奏完走する前に打ち切られ、ひたすら落ち込む。


◆JIRO加入
3人の絆が強すぎて、この間激しくメンバーの入れ替わりが起こるもいずれも定着せず。
そんな時期に打ち上げの席にいた札幌時代の後輩であるJIROと出会い、全てのパーツがそろう

そして出会いとはなにもバンドメンバーだけではないのだ・・

◆YOSHIKIの来訪
彼らのデビューのキッカケとなったYOSHIKIの突然のライブハウス突然である。そのまま契約がしたいと言われYOSHIKIのレーベルへと機材車で移動中の心境の話がおもしろい。憧れであるYOSHIKIがやってきてもうシンデレラのような心境かというと全くそうではなかったという。GLAYは争いの嫌いな平和的なバンドである。ロックバンド界の草食系バンドと言ってもよいかもしれない。そこにきて「無敵と書いてエクスタシー(所属レーベル会社)とよむ YOSHIKIと書いて無謀とよむ」のゲイリー氏の時代である(笑)当時、レーベル関係者から「組長」と呼ばれていたYOSHIKIを筆頭とする絶対的な縦社会への不安しかなかったという。車中で音楽以外で悩むなら辞めようという結論になったそうだ。

交渉の席でTAKUROは2つの要求をする。ひとつはデビュー曲にてYOSHIKIにピアノを弾いいてもらうこと。
もうひとつは

僕としては、もうひとつ聞いておかなければならない質問をした
「あの、もうひとついいですか。先輩に飲めっていわれたら一升瓶を一気飲みできないと殴られるってほんとうですか?」
僕の質問にYOSHIKIさんは笑いながら答えた。
「ダイジョウブ。今はもうそんなことないよ」

今はもう?


この非常に切実な質問に笑ってしまった。というかすごくその気持ちがわかるのだ。憧れの人、憧れのメジャーデビュー・・それよりもなによりもこの異常な縦社会への不安の方が勝っているのがロックぽくなくて逆にイイ。やはりこの人はバンドマンでありながらも頭のキレるビジネスマンだとも思った。就職試験の重役面接で「サービス残業はあるんですか?」と臆さず聞く無謀さにも似るが、己の長い人生の大半を過ごす事を考えれば無謀なのか勇気なのかは判断のわかれるところだろう。よくアイドル上がりの微妙な立ち位置の女優が「そのシーンに必然性があれば脱ぎます」と聞きたくもない決意を聞かされるが、「必然性には負けません」と発言した薬師丸ひろ子を再評価すべきで、同じくリーダーとして契約の席でこれを質問したタクローも賞賛されるべきだと思う。

私の目ぼしいとかだけ書き出しているが、本書では全ての出会いや寄り道と思われた時期が最後にきれいに繋がっていく様を詳細に書かれている。興味があったらファンじゃなくとも読んでみて欲しい。


山下久美子 著書 ある愛の詩
ある愛の詩ある愛の詩
山下 久美子

幻冬舎 2002-06
売り上げランキング : 77065
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



奇跡の出会いとは何もバンドのメンバーとは限らない。
彼女の場合の奇跡の出会いはモチロン布袋寅泰 その人だ。

結婚した時の布袋といえばあまり知られてないが若干24歳であった。
BOOWYの活動時期で言えば、2ndシングル『BAD FEELING』の辺りの駆け出しも駆け出しの段階での結婚だったのだ。
そんな若き獅子との結婚生活は壮絶であったようだ。

思えば、私たちはいちばんエナジーを持て余している時期に結婚生活を始めてしまったのかもしれない。特に若い彼に至っては、その嫉妬心においても尋常じゃなかった。「レッドシューズ」で呑んでいたときに、昔のボーイフレンドが入ってきたというだけで喧嘩になったり、たまたま居合わせた吉川が仲裁に入ると、今度は彼らが殴り合いを始めたりする始末だった


この時代の暴力史を学びたかったら、伝説のバーである「レッドシューズ」は戦(いくさ)の重要な拠点となるので是非覚えておいて欲しい。100年後の音楽史の教科書には安土城的な位置で「レッドシューズ」は記載されるだろう。そして吉川さんは本来ならこの記事の主旨には全く関係がないが、私がこれを読んでスルー出来る訳もない(笑)見事なトバッチリ、巻き込み事故だが許して欲しい。それにしてもこの手の逸話は吉川さんが頭ひとつ飛び出てるのに対し、布袋氏とゲイリー氏が頭3つほど飛び抜けている点も覚えておいて欲しい。80~90年代の音楽界暴力史の内訳を調べればこの2人が半分を占めているだろう。


この2人の結婚は当初山下がトップスターで布袋は無名なギターリストであった。
その後お互いの立ち位置が徐々に変わっていく。

まるで地軸がぎしぎしと軋みながらずれていく感じがあった。それが何なのか、気づくまでに時間はかからなかった。私のコンサートのはずなのに、明らかにギタリスト布袋寅泰目当てで来るファンが増え始めたのだ。サポートの位置にいるはずの彼が、いつのまにか私と同列かそれ以上になり始めてる。それは私にとって予想外の驚異だった。不安にかられた。すると彼に対して素直に向き合えなくなり、どこか屈折に近い感情を持ち始めた。たとえば、BOOWYがチャートのトップにランクインしたことですら、素直に喜べなかった。


私はこの文章を読んで夫の成功の喜びより、同じロックアーティストとしての嫉妬が強くなったと思った。男性がこれを読むと多くがそう読み取れるのではないだろうか?だが女性だと別の洞察ができるようだ。本書ではこの気持は嫉妬ではなく、置き去りにされるじゃないかという恐怖だったと述べている。正直私はこれを言われてもまだその感情にピンとこない。同じく夫であった布袋もこの感情を理解できなかったようで、この男女の感覚のズレが日増しにキシみだしたのだ。一般的に離婚の原因と認知されている布袋氏の心移りとは枝の一部であって、根元はこの心のズレだったと述べている


このようにあの時代のバンドマンの話はいろんな意味でおもしろい。ベストセラーになるのはいつでも打算計算された最終的に好感度につながるゴーストライターの書くタレント本ばかりだが、にわかファンぐらいが読むミュージシャン自伝本こそが一番おもしろい。今後も自宅に積まれている30~40はあるミュージシャン自伝本に注目しておもしろい個所を掘り下げていきます!
スポンサーサイト

とんねるず石橋のテレビカメラ倒壊事件は木梨憲武に注目すべし

2010年09月08日 23:24

とんねるず石橋氏のオールナイトフジにて「一気」熱唱時のテレビカメラ転倒させるハプニングは過去、フジテレビでどれだけ放送されてきただろうか?その1500万という高額な値段のインパクトを加味しても一生のうち2~3度見れば十分で、FM的ヘヴィーローテーションをされたところで、それを見る度に死んだ目になってしまう。鈴木蘭々が安室奈美恵とセットで売りだされていた事にようにそろそろきれいさっぱりと忘れさせて欲しい。同じものを続けてみるってこれ結構地味な苦痛なのだ。

その昔ストⅡがスーパーファミコンに移植された頃、ゲーセン登場時からやり込んでいた私は、この段階で既に「空中での中ボタンの有効性」と「錯覚を覚えるギリのメクリ進入角度」の検証作業の域に達していた。そんな私を前にしてほぼ初心者であろう友人2人が、百烈張り手(エドモンド)vs百烈キック(春麗)を繰り出すも当たり判定外のギリギリの距離で手と足を無限交差させる生き地獄状態となり、コーヒー1杯飲みほすまでお互い軸足が全くブレることなく続けられたあの泥仕合に酷似する。

だが、そんな地獄絵図でも視点を変えると違った面白みが見えてくる

ゲーム画面だけを見てると最高にツマらないが、この2人は連射力が足りないから張り手が当たらないと思い込み、鬼の形相で連打してるのだ。そんな二人を泳がすことに面白みを覚えてしまった。カブキロックスの氏神一番が自らヴィジュアル系と称していても怒らず諭さず、温かく見守りながら育てる事が必要なのだ。その育成心が時を経て青田典子に「売名行為に利用されそうになった男性ミュージシャン」として全国放送で暴露されるような素敵な話題を振りまき戻ってくれるのだ。


とんねるずのハプニングも何回目かの視聴である発見をしてから何度見ても笑ってしまうようになった。
どうしても転倒させてしまった石橋氏に目が移ってしまうが、この時の木梨憲武こそがおもしろすぎるのだ。

曲の最中でカメラにも抜かれてないからわかりずらいが、カメラ転倒と同時に「あ!!」という大声を出す。
それと同時にテレビに映るタレントとしての何か大事なスイッチが完全OFFになったご様子なのだ。

石橋氏が(やっちまったぁ~)という芸人の顔をしているのに対し、
木梨憲武の顔は終始蒼白なのである。

kinasi_maji.jpg
「オールナイトニッポン(フジTV)」(1985年1月19日放送分より)

この状態でも「イッキ! イッキ・・イ・・ッキ・・」と顔が引きつりながら歌い続ける石橋氏に対し、
いろんな音声が飛び交ってカメラにも抜かれてもないから非常に聞き取りづらいが、

「お前・・知らねーよ。お前・・」

「シャレにならないって・・・マジで!」

と、終始なにかブツブツと張らない声で石橋氏を罵倒してるのである(笑)

(ノリタケ~ どうしよう・・)という表情で助けを求め擦り寄ってくる相方の石橋氏に、全くとりつく島を与えず突き放し距離感を保つ。そして最後にトドメの突き放し

オレ、知らねぇ・・

とほぼ聞き取れない小声でこのハプニング映像は終わる。

この時期にもし解散してたら相方に暴露本をだされた元ABブラザーズでもある中山秀征の二の舞になってたかもしれないぐらい、2人のこの時期の距離感や性格の違いが見て取れる。

このようにこの見慣れたはずのハプニング映像も木梨憲武の音声に耳をすますと、一気に面白みが増す。
皆さんも長い余生でフジテレビを観てれば、一度は見る機会があるでしょうから、ここに注目して観て欲しい。

人生にはツマらないと思うことの繰り返しではあるが、そこに面白みを見出す視点を持てれば、視野が一気に広がると思います。

カバンの薄さは、知能の薄さ

2010年09月03日 23:18

今の学生を見ていると、学生カバンはナイロン質で青のボストンバック型のものを多く見かける。
昨今という訳ではなく十年以上前からこのカバンの形態が主だと思われる。
このカバンで出来る自分色といえば持ち手部分にキーホルダーやぬいぐるみをぶら下げるぐらいであろう。
今でも皮の学生カバンが使用されている地域はあるのだろうか?

photo43.jpg

過去、変形学生ズボンツーブロックヘアーと時代のうねりが生んだ独自のムーブメントが終焉する瞬間をちょうど目の当たりにしてきた事を書いてきたが、この学生カバンも相当独自な文化圏で成長しながら今や全くその影すら見えない事に気づいた。

この学生カバン(皮)の変形の歴史は70年~と歴史は意外と長く読む人によってズレがあると思うが、私が過ごしたちょうど消え行く末期である90年前後について思い返していきたい。



◆ステッカー、カッティングシート貼り
169276651.jpg

スクールウォーズなどでみられた「夜露死苦」や「なめ猫」ドクロなどを貼ってる人はこの時代さすがにいない。6割型がミュージシャンのステッカーであり、女子はドナルドやミッキーなど様々であった。横長のステッカーを斜めに貼るのが唯一の見せ方であった。
「清水健太郎容疑者(57)を覚せい剤使用の疑いで逮捕 (2年ぶり6度目)」とyahooニュースでは
シミケンが甲子園の強豪校表記されるぐらいステッカー張りはこの時代に根づいていた。



◆学生カバン(皮)の潰し

時系列によって異なるだろうから断言はしないが、少なくとも私の地域では男女問わずマジメな生徒も行う
不良文化というよりかある種流行りであった。もちろんやらない人の方が多数ではあるが・・
ペッチャンコまでするのはごく少数で、圧縮率は人それぞれである。そのやり方として


①専門器具使用【[ 】→ 横と底を固定する 
メリット:いつでも元に戻せる
デメリット:強度は劣る

②押し花方式:シン抜き→お湯掛け→寝押し
メリット;強度が超合金
デメリット:2度と戻れない



◆持ち手を剥がし、チェーンに改造する

残念ながらそんな稀代のワルは周りにいなかった。



◆潰しカバンに鉄板を入れる

強度のあるモノを入れる人はいたが、鉄板はこれまたいなかった。
もしいたとすればマンガの週刊連載は睡眠時間をいかに削れるかの気力との勝負と言われるなか、
ジャンプ黄金期に「大相撲刑事」 で12時間睡眠を常時確保していたガチョン太朗ぐらいそいつはレアだ。


◆持ち手に赤テープを貼る
sukebanimages11.jpg

「銀蝿」の歌か「特攻の拓」での姫小路良でしかその姿を確認したことがない。
その痛々しさは当時ツッパリファッションのお手本である仲村トオルの大ファンであったダンプ松本に
「トオルくん! お願いだから歌だけはやめて!」とファンに懇願される仲村トオル歌唱力ぐらい哀しい。

(おわり)


学生服とは違ってその応用パターンは少ない。自分で読み返したくもないがここにたどり着いた方はカバンの記述をほとんど読むことなくこの駄文を読まされてるのだろう。スマン!学生カバンの引き出しは思った以上に何もなかった! といってまた練りなおして更新期間を空けたくないので一気に走りきってみる。

要はカバンをツブすって今じゃありえない価値観だよね?って事だ。
何十年も続いたこの変形学生カバン文化は、なぜ90年代に入って一気に衰退したのか不真面目に考察する。

小学校の校長がよく行っていたある手段がすごく有効的だったなと今になって思うことがある。

校長が朝礼で話をしている時に私語があちらこちらから発生し、それが伝染して収集がつかないぐらい騒がしい状況下で、
ここでマイク越しに注意するのではなく、あえて押し黙るのだ。微動たりせずひたすら生徒の方だけをじっと見つめるのだ。

すると生徒側の方から異変を感じ取った生徒から順次「オイ!」と生徒同士の注意喚起が行われるのだ。
異質な空気を意図的に作り出し内部から浄化させるのがキモで、生徒側からみるみる内に鎮火していくのだ。
ここで校長の伝家の宝刀のあの決め文句が放たれるのだ

みんなが静かになるまで30秒かかりました

大人が注意するという形で芽を摘むのでなく、注意できる子供の種を撒きその畑を自ら浄化させる環境を創りだすのだ。
この話と同じ事が言えこういった独自に発展していった文化は押さえつけられるほど反発し肥大化していく為、
内部から価値観を崩壊させることが一番の特効薬なのである。

ここで内部崩壊の為、植えられた種は実は意外なところ発なのだ。
この当時の不良達が愛読してたであろう「カメレオン」の第1巻でそのウイルスはあったのだ。

yazawa_2010.jpg
カメレオン(KC1 講談社)より

カバンの薄さは、知能の薄さ


なんとキャッチーでもあり、交通標識のような耳にずっと残るフレーズなのだろうか・・
小山(教師)が生徒たちに復唱させたこの名言こそが、3年殺しで全国へ圧縮学生カバンの価値観を覆し、
薄くも太くもならない現在のナイロン式学生カバンへと推移したキッカケになったのだと考えます。

全国の大人たち何十年指導しても直らない事が、たったひとつのキャッチコピーで変わることはあるのです。
そう考えると暴走族や暴力団の名前をもっとダサい名称に!という警察の取り組みも価値観を内部から変えるという意味では一緒だと思うので、下手な反対運動をやるより個人的には非常に有効な手段思っている。

そういった意味でも今後は火の用心に紛れ込み「焼き肉焼いても 家焼くな」の後に、先人を切って
「車高の低さは 知能の低さ」などを率先して言い、意味もわからず復唱する町内会の人と街を闊歩する活動が
より良い街をつくる最短の近道だと思います


最新の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。