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野音に情熱の薔薇 が咲いた夜

2007年06月30日 21:06

日比谷野外音楽堂 (通称:野音


キャロルの解散コンサートで炎上したことが、野音伝説の序章となった。
炎上とはなにも比喩的表現じゃなく、本当に燃えたのだ。何を言ってるかわからない人は、お父さんにでも聞いてほしい。皮肉にもこの事故がキカッケで「ロックのメッカ」としての、その後多くの「野音伝説」を創りあげていった。

野音伝説の中でも、このブログとしてはずせないのは、あのバンドの結成のキッカケとなった場所である事だ。

スピニッジパワー時代の氷室が、当時の所属会社に嫌気がさし地元に帰る事を決意した時期に、ふらりと立ち寄った場所がこの野音であった。そこでRCサクセションのライブパフォーマンスと「スローバラード」にショックをうけて、もう一度思い直し、あの男を六本木アマンド(喫茶店)に呼んでBOOWYは結成された。これをもう10回は書いた気がする(笑)


そして、今回取り上げたいのが、ちょうど今から20年前のこの初夏の時期 

1987年7月4日  ザ・ブルーハーツ 初のワンマン野音コンサートだ。

80年代のライブを語るうえでも、ブルーハーツの歴史を振り返る意味でも、はずせない一夜となった。

その理由はまず、このライブの前に起きた悲劇を知ってもらう必要がある。
三ヶ月前に野音にて、ラフィンノーズのライブに集まったファンが将棋倒しになって、死者3人を出す事故を起こした。この事件は当時社会問題にまで発展し、過激なライブに多くの非難が集中した。

熱狂的なファンを持つ事で有名なブルーハーツのライブの開催は危ぶまれることとなり、野音側とのブルーハーツ側の話し合いが続けられた。なんとか開催にこぎつけるも、その条件として、多数の警備員と機動隊、そして鉄の柵を観客席の設置する事であった。

ライブ冒頭に登場したヒロトは、彼なりの皮肉った言葉で、自分たちの思いを素直に観客にぶつけた。
20070630194855.jpg


(会場の鉄の柵を見つめて)

みんな動物園のようなオリに入って、ええなぁ、オイ! 
おれらはサーカスみたいな台に乗せられて、みんなバカみたいよ(笑)

(中略)
音楽のことは一生懸命やる、ということしかないから、やるけども。
警備のやり方とかね、俺等が考えても、(野音側が)やらしてくれんのじゃぁ。


でも、ひとつだけ信じていることがあるんです。
こんなもん(鉄柵)なくたってケガ人出さないライブ出来るよなぁ?

表には機動隊も待っとるし みんな安心して騒いでくれ!



この言葉と共に一曲目の「ブルーハーツのテーマ」に突入する。
この時のオーディエンスのボルテージは、容易に想像できると思う。

少し脱線させてもらいます。
これも何度か書いた気がするが、中学生の頃、吉川晃司のコンサートに初めていった。当時の吉川ファンといえば、前髪が滝になっている工藤静香みたいなお姉さまと、異常な肩パットスーツに柴田恭兵のサングラスを着用したお兄さま。観客のほとんどがそういう人たちで、独特の異様な空気が会場に流れていた。曲が一通り終わり、皆でアンコールを言わなければいけないお約束の場面で、誰もアンコールを言い出さないのだ。間違いなく誰かがアンコールと言い出せば、そこから広がっていくのに、その第一声がどこからも出ない。「お前が言えよ」という観客同士のお見合い状態がだいぶ続き、結局、アンコールコールなしで吉川さんは登場するはめになった。その年以後長い間、私の土地には吉川さんは来なかった事も記しておく。

何が言いたいかといえば、ライブの空気はその時の観客が作るということなのだ。
障害はオーディエンスを一体化させその興奮は伝染していく。

この観客の熱気はさらに彼らをヒートアップさせ、いつもに増しての圧倒的なパフォーマンスを演じ、その興奮はDVDからでも十分伝わってくる。
ライブも中盤に入り、ケガ人も出ずに大熱狂となっているこの状況に、ヒロトはMCで興奮しながら、あの名言を言うことになる。


どうやら、どうやら・・
この鉄のオリは、人の心までは縛れんようじゃなぁ! 

ザマぁみろ!

(リンダリンダへ)



野音にひとつまた伝説が刻まれた瞬間だった。
この流れでリンダリンダなんて、どれだけプライスレスなライブなんだろうか。

私はこの野音のコンサートの映像が強く残っているせいか、
坊主頭にボロボロのロンT、左腕に赤い腕章のこの時のヒロトの姿が、一番輝いて思い出されるのだ。


この名言の後のリンダリンダで

決して負けない強い力を

僕はひとつだけ持つ


「ぼくはひとつだけ持つ」と唄いながら、一本の指を会場に突き立てたシーンはなぜか泣きそうになった。
そのときの会場との一体感は、本当に鳥肌ものであった。

20070701030703.jpg



大人になった今でも、まだ残る少年の部分をチクチクついてきやがるザ・ブルーハーツが、
いくつになってもやっぱり好きだ。


類似記事:
BOØWYが解散宣言した夜
尾崎豊が太陽の破片となった日









コメント

  1. ドンちゃん | URL | -

    ブルハは卒業したよ(笑)みんな頑張らなあかんよ!ラフィンの野音の後の花祭りでヒロトが言った言葉が一番最強なんだもん(笑)お前らのためじゃなくて自分為とか言ってたよ!そう自分の為にみんなガンバレ~

  2. Jun | URL | -

    ダイエースプレーなどなど、楽しく読ませてもらっています。私はたぶんチョイ年上でしょうが、ラフィン、BOOWY、ツバキハウス・・の文字は私の中の‘何か‘を思い出させてくれます。これからも楽しく読ませていただきます。

  3. ぽにょ | URL | -

    はじめまして。きくりんさんと同年代です。
    ここ読んでたら、中学生の頃聞いてた音楽たち、また無性に聞きたくなっちゃいましたよ。
    さっそく発掘作業に入ろう。
    あ、リンク貼らせてくださいね。

  4. ももんが | URL | -

    高校生のときブルーハーツは普通に聞いて普通に感動していました。

    小学生のうちの子がDSで遊んでいたり
    パート先の高校生や大学生が休憩室で
    ゲラゲラ笑っているのを見てると

    遠くの方から「リンダリンダ」「終わらない歌」が聞こえてくるときがあります。

    疲れているのかな~

  5. | URL | -

    80年世代ではなんですがよく読ませてもらってます!ブルーハーツ…正直鳥肌もんでした!ライブDVD見たいWWW

  6. kusajima | URL | -

    ご無沙汰してます。

    今回もシビれるネタでした。。
    特に毎回の事ながら、、記事のタイトルが最高っす。

    あざーっした。

  7. kouta | URL | -

    初めまして。
    ブログいつも楽しく拝見させて頂いております!

    ボクもまったく同世代でツボなエントリーばかりでハマっています。。。

    この時のライブビデオは個人的に1番大好きです!

  8. 時代はモータードライブ | URL | kYxrtuls

    BO0WY最強論者の自分です。しかしそれでも、日本音楽史に残したい傑作を挙げるならば、ブルハとラフィンの各1stアルバムは外せない!
    この想いは20年間揺るぎませんわ

  9. don | URL | -

    ↑全く持って同じ思いです。

    28歳になった今、i-Podにしこたま入った
    ブルーハーツを聞いてます。


    というか、文字で起こして鳥肌が立つライブって
    プライスレスにも程がある!

  10. cascade | URL | -

    このブログを読み出してだいぶ経つが

    つ い に ブ ル - ハ - ツ が き た !!

  11. 大神光 | URL | -

    29年間生きてきた人生の中で、ただ一つ悔やまれる事、それこそが

    「ブルーハーツのライブを生で見れなかった事」

    です、本当に、本当に見たかったです。
    もう少し早く生まれていれば、とたまに思います。

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日比谷野外音楽堂日比谷野外音楽堂(ひびややがいおんがくどう)とは東京都千代田区の日比谷公園内にある野外音楽堂である。大・小の2つがあり客席数・使用用途も異なっている。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Article



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