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猪木 幻の異種格闘技戦

2008年03月05日 23:44

NWF世界タイトルマッチ後の記者会見(79年)でアントニオ猪木は

「いずれにせよ、このあと、ミスターX、ウィリー・ウイリアムス、アミン
そしてモハメッドアリとの格闘技戦に全力で向かっていくつもりだ」

と発言した。

・・・アミン?

その場にいる記者が全員その人物名に固まったとされる。


イディ・アミン大統領という人物をご存じだろうか?

idiamin.jpg


軍人出身の大統領で身長は2mを超え、ボクシングのヘビー級チャンピオンになった経歴を持つ。
軍参謀総長だった1971年に、クーデターでウガンダ政権を掌握。
その後反体制派の国民約30万人を虐殺し、「アフリカで最も血にまみれた独裁者」「人食い大統領」とも呼ばれ、
その冷血さから後に「ラストキング」(2006)で映画化されたことでも有名だ。

lastking0.jpg


アントニオ猪木は「プロレスこそ全ての格闘技の頂点である」を掲げ、モハメドアリ戦をはじめとした異種格闘技戦に挑んだのはご存じだと思う。
その対戦相手も多種多様に渡っていた。


『ウイリエム・ルスカ』戦 (1976年 )≪柔道≫
『モハメッド・アリ』戦 (1976年6月26日 )≪ボクシング≫
『アンドレ・ザ・ジャイアント』戦 (1976年10月7日)≪大巨人≫
『ザ・モンスターマン』戦(1977年8月2日 )≪全米プロ空手≫
『チャック・ウェップナー』戦(1977年 )≪ボクシング≫
『ザ・モンスターマン』再戦(1978年6月7日 )≪全米プロ空手≫
『ミスター・X』戦 (1979年)≪全米プロ空手・覆面格闘家≫
『ウィリー・ウイリアムス』戦(1980年)≪極真空手・熊殺し≫

この経歴の中に、アミン大統領の名が刻まれていたかもしれないのだ。

その対戦発表は衝撃であった。
朝日新聞の朝刊にまでに掲載されたというのだ。

契約内容も具体的に
・ウガンダの首都カンパラの国立サッカー競技場で試合が行われる
・放送権はアメリカのNBC
・猪木のファイトマネーは50万ドル
・レフェリーのアリのギャラは100万ドル
・アミン大統領のファイトマネーは公人なので無し

この契約内容でアミン大統領と合意したというのだ。

仲介人でもありレフリーとして同行するとしたアリが、

「最悪の事態に備え、ヘッドギア、グローブ、防弾チョッキを着てリングに登場する。
また、どちらかでも、違反を犯したら、俺がその場で俺がKОする」

と発言したものだから、普通なら東スポの話題作りとなる話ではあるが、一気に信憑性が高まっていったのだ。

猪木「専門家の情報を総合すると、アミン大統領は実力がある。やる限りは手加減は一切ない。
リングで上がったら大統領とはいえ一人の選手にすぎない。一分でKOする。負ける事は一切考えてない」

この発言からわかるようにアミン側がどれだけ本気だったかはもはや知る由もないが、
猪木側は間違いなく本気で動いていたようだ。

しかし、ウガンダ、タンザニアの戦局が悪化し、戦争中に試合が行われるはずもなく、
この幻の一戦は対戦表明のみとなった。
もし、実現していればアリ戦を超えるインパクトがあったのは間違いない。

後に猪木は「あのときはアリ戦という布石があり、それ以上の話題を呼ぶ闘いがあるとすれば、結局そういった人を選ぶしかなかった。。普通、こんな話のらないけど俺はのっちゃうんだよね。もし、試合やって叩き潰してたら銃殺されてただろうね」

そしてなぜ彼を対戦相手に選んだのかとの問いに

「その頃(アミンは)大量虐殺とかを行なって世界的に非難されていた大統領だったんです。
 だから、こらしめてやろうかと思いまして・・

やはり猪木という人物は常人の枠に収まらない偉大な人物だった。







コメント

  1. ∀子 | URL | -

    はじめまして

    ブログを拝見しながら、あーそうだったーとか過去(青春)を思い出したり、時には大爆笑しております。
    livedoorに移動されても、引き続きまたブログを拝見させていただこうと思っております。

    さて、この度コメントさせていただいたのは、最近自分が市の図書館で借りた本の中に、このアミンVS猪木異種格闘技戦についてのエピソードが書いてあったからです。
    もしかしてすでに御覧になっていらっしゃるのかもしれませんが、その本の題名はちょっと殿方が借りるのに躊躇しそうな、日本のおかま第一号といい著者は野地秩嘉氏です。P190にその事が書いてあります。

    大まかな内容としては、アミン氏は本当にやる気で契約も交わしていて、終戦後は岩国基地にいたこともあり、日本の特攻隊を尊敬する日本通だったらしいです。
    この興行が決まったときは、あの赤塚不二夫氏をして「オレもう漫画家をやめるよ。アミンと猪木の試合を現実にしちゃったら世の中に漫画家が存在する意味がなくなった」と言わしめたそうです。

    ・・・それでは失礼しました。

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