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つわものどもが 夢のあとだね

2006年06月30日 23:43

今まで書いたエントリーでボツにしたものを集めてみました

ボツの理由はいろいろですが、共通して言えることは切り口がヌルいというか
普通のことをふつーに書いてるなーという印象です。

それを公開する必要もないのですが、反省材料の資料として保存させてください
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ヒムロックが暴威だった頃


1988年、BOOWY解散後、メンバー本人たちの口からBOOWY時代が語られることはほとんどなかった。
昨年、氷室や布袋が自身のコンサートでBOOWY時代の曲を歌った事により堰(せき)を切ったように当時の話が聞ける様になった

ただ聞こえてくる話は氷室のステゴロ伝説ばかりだw
ステゴロとは?・・漢字で書くと素手喧嘩 そのままです


<証言 その①>
『HEY!HEY!HEY!』に布袋が出た時の事
(以前同番組に氷室が出演した事にふれ)
布袋「それにしてもよく氷室さんにあんな風にしゃべれるね」
  「オレなんてヒヤヒヤしながら観てたよ」
松本「そうですか?普通の方の様に思いましたけど」
布袋「もう時効だと思うけど、でもとてもTVじゃいえないんだけどさ・・(笑)」
松本「そんなに(ヤバい)ですか?」
布袋「いやぁ・・(真顔で固まり沈黙)」



<証言 その②>
氣志團のラジオに吉川が出演した際の事・・
団長「吉川さんは昔からそう(暴れる)なんですか?」
吉川「ないって! だって(オレ)体細いじゃん!」
団長「ホントですか?(笑)」
吉川「ヒムロックはヤバいけどね・・・ 
   彼は路上の達人で有名だったみたいだからね」
団長「路上!?」


<証言 その③>
・氷室から一番最初に電話で呼び出された時、直感的に殺られると思った(布袋談)
・氷室がゲームセンターのアルバイトをするというので様子を見に行く。すると他の先輩達に掃除をやらせ一人ゲームに熱中してる氷室。「大丈夫なの」との布袋の質問に「だってアイツらトロいんだもん」と一言
バイト2日目の出来事だった(布袋談)


こういう話って尾ひれがついて大げさになって伝わっていくものですが、証言している人達が語られる部類の人達ですから真実味がありますw


余談ですが、自分が中学生の頃にはBOOWYはもう解散していて、10万払ってもライブに行ってみたいと思い再結成を願ったものですが、今はもう再結成なんてされるとかなわないと思っていたのですが・・



20051124154104.jpg
 「BOOWYの再結成は?」
えらく危険球ですな・・(汗


20051124154114.jpg
「あ~そうですか~ 良い質問ですねー」


やばい・・
「あーそうですかっ」て第一声としてオカしいw 
良い質問と皮肉ってるし・・キレちゃうよ・・((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル



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( ゚ ▽ ゚ ;)エッ!!

こんな質問にも屈託の無い笑顔で答える氷室に
もう「狂介」時代の面影は無くなってると安心しました


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Life is On My Beat


贅沢な時代に青春を過ごしたと思う

男闘呼組風にキザに振り返れば

 さびしい時、楽しいとき、俺たちはダチ、Friends がいて、
 そしてROCKがあった。 


と言いたい

ROCKに生きている人間はいつの時代も魅力的である。

私にとってのROCKとは「永遠のカリスマ」氷室京介そのものであった。
BOOWY時代に魅せたいくつもの顔は今でも私の中で深く心に残っている。




暴威時代のとがっていた表情もステキだった
boowy8.jpg


長髪だった頃の氷室はもはや彫刻であった
boowyl.jpg


真っ青な衣装がこれほど似合う男を他に知らない
boowyl3.jpg



数多くの表情を持つBOOWY時代の氷室の中で、私の中で決して忘れられないとびっきりの笑顔がある。


それは初期のBOOWYの名曲
ON MY BEAT
でみせる事となる。

この曲はアルバム『MORAL』において実質的ラスト・ナンバーとして収録された楽曲であり、LIVEにおいてもラストに演奏される事が多く、氷室に「おっけぇ、それじゃあBOOWYの歴史ん中で絶対にこの曲、外せないっていうのを最後に演奏したいと思います」と言わしめるほどの曲である。

BOOWYをリアル世代で観れなかった私にとってビデオGIGS CASE OF BOOWYは唯一のBOOWYのLIVEを知る事の出来るもので、
繰り返し幾度も観ては、その圧倒的な臨場感を疑似体験したものである。
私がこの仮想LIVE(ビデオGIGS CASE OF BOOWY)に足を運んだのは100回は超えていると思う(笑)
GIGS ― CASE OF BOφWY 1


ON MY BEATは3分にも満たないとても短い曲で、最後に曲が終わったと見せかけるフェイクを入れ

B,B,B,B ON MY BEAT B,B,B ON MY BEAT MY BEAT~♪

と不意打ちの様に歌うのが定番であり、観客もそれがわかっているはずなのに異常に盛り上がり、BOOWYのライブの中でも最高潮となる瞬間でもあるのだ。

このビデオ GIGS CASE OF BOOWYに収録されているVerでは、通常の1度のフェイクだけではなく、「サンキュウ」と言った後に背中を向け完全に油断させる2度目のフェイクがあり、
その際振り向きざまに満面のしてやったりな顔で振り返る氷室の笑顔が、何度観てもたまらないのである。
onmaybeat1.jpg



ペコペコ背を曲げながら、ウソで体裁かざる今の自分にとって
Life is On My Beatな生き方は永遠の憧れなのです。





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2006年 06月16日 ロングバケーションの追憶


ふと気づくとため息ばかりを繰り返し、そつなく日々をこなすのに精一杯の日常で、
週末に偶然立ち寄ったオシャレな飲み屋でほろ酔い状態になった時
店内を眺めていると、昔見た事のある光景がフラッシュバックした。


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ドラマ「ロングバケーション」で3階からスーパーボールを落とすシーン
このシーンを思い出すというよりか、このドラマの持つきらびやかさを思い出したのだ


この状態をうまく説明できるか自信がないのですが、ちょと書いてみます。

このドラマは1996年に放送され、その時自分はまだ大学生でちょうど就職活動を控えてた時期でした。
瀬名の住む隅田川沿いのマンション、屋上の看板、男女問わず友達が訪ねてきては、ビールで乾杯
スーパーボールの玉の中のキラキラを絵に描いたような生活に、
田舎で20年過ごした自分は、自然と東京の生活に憧れをもっていきました。
東京の生活の憧れというよりかは、将来の自分への期待という方が的確かもしれません。旅行は計画の段階が一番楽しいように、上京してロンバケで観た様な生活を想像している頃が幸せだったのです。


夢叶い、東京の会社に就職 
いざ東京で住み出してはや8年 
理想の現実のギャッフは予想以上に大きく、日々をこなすのに精一杯で、1年もすれば夢も希望もない今の生活に違和感も感じなくなってました。

そんな日々の中、ふと立ち寄った店内の内装がとても華やかで、お酒の力もあり、ロンバケのスーパーボールの落下のシーンと共に8年前の自分を思い起こさせてくれたのです。

あの頃ほどじゃありませんが、少し楽しい気持ちになれました。
また日記なども付けないし、すぐ忘れてしまう私ですから、こうやって文章として形に残して、
出来る事からやっていきといと思います。
実際、初期設定であるピアノが置ける都内の賃貸物件の段階でもう不可能なのですが、
雰囲気だけでもという事でビールを冷蔵庫いっぱいに敷き詰める事ぐらいは今からでも出来そうです
┐(´ー`)┌


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2005年 11月 22日 29歳のクリスマス


29歳のクリスマス 1994年フジテレビ(山口智子 松下由樹 柳葉敏郎 )

このドラマが放送されている頃、僕はまだ18歳だった。
29歳ってすごい大人に思えたが、あっという間にその年齢になっていた
ああ・・

このドラマはまだ未見なんですが、題名だけ覚えてて、
29歳になった今観てみようと思ったのですが、主題歌のマライアキャリーの「恋人達のクリスマス」が、著作権の問題でDVD化はされないとの事で残念!

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絶対に!


(追記)2006年6月30日
先日めでたく30に突入しました。
これ書いた時の決心とは裏腹に、素晴らしい誕生日となりましたので報告!

<掛かってきたお祝い電話>    0本
<受信したお祝いメール>     1通 (ドミノピザ誕生日特別割引メール)
<上司から>            「健康診断再検査」の通知書


あはは・・ははは・・
今長い夢みてるだけですよね?・・

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加勢大周を失墜させた三つの矢


先日バラエティ番組のベタドラマというワンコーナーで
加勢大周を10年ぶりぐらいに見た。
ev55dssssssss.jpg


1990年代前半には吉田栄作、織田裕二と共に「トレンディ御三家」(平成御三家とも)呼ばれ、
ドラマや映画の主役をやっていた彼は何が原因で落ちぶれていったのか?
そこには三つの矢(出来事)が原因だっとと考えられる。




1990年 映画「稲村ジェーン」で3万人のオーディションから選ばれ華々しくデビューした加勢大周
最高のデビューながら、皮肉にも一つ目の矢はこのデビュー作である。

稲村ジェーンは「世紀の話題作」でもあり、「世紀の駄作」となった。

詳しくは  「真夏の果実」の光と影


いきなりつまづいたいたものの期待の大型新人だけあって、メディアもそう簡単に見捨てたりはしなかった。直後のTBSドラマ「ADブギ」で主演をはり、これが大ヒットとなり株を持ち直す。


そんな矢先におきた2つ目の矢が「新・加勢大周」問題
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加勢大周の独立をめぐり同タレントと専属契約を結んでいた広告企画会社が同タレント側を相手に「勝手に芸名を使って活動してほしくない」などとする訴訟を東京地裁に起こし、「新・加勢大周」(注1)をデビューさせて対抗した。

本人に非があるとは思えないが、タレントにとして崖っぷちの状況に追い込まれた。



とどめとなった最後の矢は覚えている人がいるかも不安だが、
「パ★テ★オ」 (1992年)の大コケである。
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PART1とPART2はテレビ放映され、完結編となるPART3が劇場公開されるというマルチミックス形式での公開。踊る大捜査線みたいにヒットしてから映画化ではなく、最終話が映画館と初めから決まっているTVドラマを一体誰が観るのか?フジ局内でどんな戦略会議がなされたのか理解できないが、社運を加勢大周に託す事となった。

宣伝は大々的にアピールしたものの予想通り見事に大コケで終わる。


その後まだ脇役だった共演者達に(鈴木京香・江口洋介など)あっという間に追い抜かれる。トレンディ路線じゃ活路を見出せないと判断したのかドラマ「人間失格」で柄にもない変態教師役を熱演するが、それも彼のキャリアとして何も評価される事とも繋がらず、そのまま絵に描いたような落ちぶれ方をみせ、Vシネマへと消えていったのです。





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2005/10/17 長渕剛 昭和

僕は昭和を12年しか生きてない
終戦やら高度成長やらなども知らない

ただ平成になって17年過ごしたが、激動時代だったのは比べるまでもなくわかる

平成に変わった直後に昭和をテーマにした曲もたくさん出た
そんな中 思春期に聴いた長渕剛の「昭和」という曲

shouwa.jpg


昭和
       作詞・作曲 長渕 剛 

傷つけば傷つくほど優しくなれた
貧しさは大きな力になり
意気地のなさは勇気に変わる
ひねた瞳は真実を欲しがる

真実はとてつもなく激しかった
愛せば愛すほど苦しくなる
はかなさが美しいから
死にたくてもまた歩いた

俺はいま真夜中の湾岸をとばしている
カーラジオ消して受話器を耳にかたむける
進路は東へとお前の声を聞きながら走る
とうとう昭和の歴史が終わった



今聴いても名曲だと思う
昭和生まれが希少で珍しい時代になったらまた聴いてみようと思う



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2006/05/21(日) 11:33:55
ろくでなしブルース リンダリンダの回

千秋が中学時代好きだった元カレが出てくるこの回
ブルーハーツの「リンダリンダ」の歌詞にそって物語りが進んでいきます。
「リンダリンダ」という曲はシングルCD化されておらず、 当時自分達はこの曲を聞きたさにこの曲が収められているアルバムを買って友達で貸し回していたものです。


当時Mステに初出演したブルーハーツを見ていると
ヒロトの独特の歌い方を放送出来ない人と思ったのか
親にTVを強制的に消された事がありますw

ちなみに夜ヒット初登場の時の動画はこちら
もうトークだけでインパクトは抜群でしたね

物語もほとんど忘れてしまってましたが、この話だけは記憶に残ってます。
ろくでなしブルースとブルーハーツ 
青春のほろ苦さが蘇って来る そんな組み合わせですね


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2005/11/14(月) 20:10:26
ガンダムが残したもの


学生の頃、スポーツカーが好きで中古車屋や雑誌をみるのが好きだった
中でも心惹かれたのは Veilsideの車
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何故かこのエアロフォームになんともいえぬかっこよさを感じてた
しかしながら、周りの人間にはいまいち理解が出来ぬようで(特に女の子)
自分でも何故心惹かれるのか説明できなかった


それから5年の月日が経った頃、交通事故に合い長期入院する事になった
入院中する事が無く、プラモデルでも作って時間をつぶそうと思い、
小学生以来のガンプラ(ガンダムのプラモデル)を買ってきてもらった

そして完成したガンプラを見て気づいた・・
CASB6R6W.jpg


Veilsideのエアロはまさにガンダムそのもの

5年の月日が流れ皮肉にも入院がきっかけで線が繋がりました
子供の頃に魅入られたものってのは、記憶からは忘れられても
感覚的なものは残っているものですね






稲葉浩志の歌詞にみる都会生活

文字色稲葉浩志が作詞するこの当時のB'zの歌には、都会生活に葛藤する若者が描かれている事が多かった。

田舎を飛び出てはや10年 
稲葉の描く社会に対しての絶望感、人生に対する虚脱感を抱く自己逃避型人物になんだか自分が重なってくる


例えば「ZERO」では


ぎらぎらした街をぬけ さっさと家に帰ろう
思わぬ工事渋滞で 赤いランプを眺めりゃ
また考えすぎのムシがじわりじわりと湧いてきて
僕は僕自身に 一日分の言い訳をはじめる



たちの悪いくせだね このまま車ごと
君の家につっこもうかなんてことまで浮かんでくる



ぎらぎらした街とは当然都会のネオンを指していると思われる。
都会生活に憧れていた当時の私でも、10年も住むと虚飾に満ちたネオン街から、
自分のテリトリーである自宅に真っ先に帰る事を優先してしまう。

このまま家につっこもうかなんて発想は、ストレス社会で発散場所を無くした今の若者の心理をついている。


(中略)

空っぽの冷蔵庫開けて いろいろ思い出してると
都会の暮らしは やけに喉が渇いてしまう



このフレーズのセンスに稲葉浩志の才能を感じずにはいれない。
空っぽの冷蔵庫とは都会の虚飾的名な生活を現しているととも考えられるし、
実際なにか考え事をする時に何故か冷蔵庫を開けている時に多い。
夢、希望、混沌、挫折などの都会生活を「やけに喉がかわく」と絶妙な言い回しである。



「LOVE PHANTOM」ではこう描かれている

せわしい街のカンジがいやだよ 君はいないから
夢に向かい交差点を渡る「途中の人」はいいね

せわしい街のカンジがいやだとは、さきほどのギラギラした街を抜けと同様の意味が含まれている
横目で見かける夢を持ってがんばっている人間が、妙に眩しくみえる微妙な年齢になってしまったのだ。




行き場を無くした葛藤する若者を、この2つの歌のサビではこう締めくくられていた



いらない何も 捨ててしまおう


流れよう 流されよう この波に揺らされ
ゼロがいい ゼロになろう



カラのカラダがとぼとぼと
はしゃぐ街を歩く




都会で流されてしまっている自分に対して、ふんばれ! がんばれ!とは決して言っていない。
そのままの波に流れてしまえといっているのだ

まさか・・ホームレス推奨?


ゼロがいい?
ゼロになろう??


あぁ・・もう真っ白!




駄作は出さない! by YOSHIKI

ビーバップハイスクールが流行ってた頃、画中に「ギる」という言葉がよく使われてました。
最近で使う人なんていないと思いますが、今で言うパクる(盗む)という意味です。

中学生の頃というのは何でもすぐ使いたがるもので、
影響を受けやすいK君が、他の中学校と喧嘩になった時に何を血迷ったか、
オマエら ギんぞ! 」と素敵な造語を披露し
相手はもちろんこちら側も( ゚д゚)ハァ?となったのが今でも忘れられません(w

覚えた言葉を間違って使うほど恥ずかしいものは無いのですが、
そういう自分も人の事を笑えません。


1990年初頭、音楽業界はビーイングが幅を効かせており、ZARDを筆頭にWANDS、T-BOLANなど
怒涛のシングル、アルバムリリースしラッシュが続いておりました。
この時代はご存知の通り、出せば売れる時代で曲を作ってリリースというよりかは、
決められた期限内に必ず曲を作るといった感じでした(今もavexとかそうですね)

そんな時代背景の中 X JAPANは10年にも及ぶ活動期間の中で出したアルバムはたったの4枚
夜ヒットで「前のアルバムから5年も経っているが何故でない?」と聞かれたヨシキが 
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「駄作は出さない!」 

と音楽業界の商業主義を批判する様にも聞こえました。

レーベル泣かせですが、この言葉は当時の自分には何故か稲妻が走り、
以後ミュージシャンでも無いのに何かあればこの言葉を間違って使ってます(w

ブログを毎日更新しないのは駄作を出さない為
書類を期限内に出さないのは駄作を出さない為
まだ結婚しないのは駄作を出さない為(意味不明)


ダメだこりゃ・・┐(´ー`)┌




JUN SKY WALKER(S)

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JUN SKY WALKER(S)の曲の歩いていこう
久々に聴いてみた

2番の歌詞にある


分かった僕は今
大金積まれたって
ただの紙切れに
火をつけて燃やしてやる

WOO- 歩いていこう



今の時代じゃ考えられない様な青臭さですが
当時は本気でかっこいいと思ってたのを思い出しました

しかしながら現実を知った今の自分と、青臭かった頃の昔の自分
どっちの自分が恥ずかしいのか、もうわかりません




吉川晃司、尾崎豊、岡村靖幸

kikawa.jpgOzakiYutaka.jpgimg18.jpg



3人とも80年代を代表するアーティストです。

全く音楽の共通点が見当たらない3人ですが、

彼らは同い年で親友だった事でも有名です。



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1987年 尾崎&岡村

尾崎が人のコンサートに出たのって自分が記憶する限り、岡村靖幸の一回しか無いんですよね



岡村が吉川に曲を提供した時に親しくなり、吉川の親友だった尾崎と3人でよく遊んでいたといわれてます。

3人でじゃんけんをして吉川が勝ったら飲みに、酒の飲めない岡村が勝つとディスコに行っていき、

朝まで飲みふけて、気がついたらゴミ捨て場で寝ていたと 青春ドラマの定番の様な事もあったみたいです。



尾崎の葬式では吉川は泣きじゃくり、岡村は一点を見つめ、ずっと葬式饅頭を食っていたらしいです。

吉川が知人に暴行を働いた際も、原因は知人が吉川所有の尾崎豊の形見のギターを蹴った事によるものだと言われます。



3人が親友だったのは有名なのですが、

それにまつわるエピソードって自分を含めほとんど誰も知らないんですよね。

尾崎は92年に他界。岡村も90年に入りフェードアウト、肝心の吉川もその事は何も話さない。

3人の胸の内だけという事でしょうか



時代が過ぎこの3人の共通点が80年代のカリスマミュージシャンから

犯罪歴があるミュージシャンに記憶すり替わっていかないか心配です
(吉川晃司は書類送検)







謎の作詞家 森 雪之丞を追う


森 雪之丞

この方がどれほどの知名度なのかは知らないが、
個人的によく見かける名前だった

『DIAMOND DUST』(氷室京介)
『POISON』 『スリル』(布袋寅泰)
『50%&50%』 『EYES LOVE YOU』 (hide)


これらの曲の作詞家です
この面子から依頼が来る事からわかるように、
彼の描く詩の世界は独特で独創的でカリスマ的な存在であるようです

興味を持った自分は顔はもちろん男か女かもわからない、森 雪之丞氏の過去の作品を探してみる事に



おっ・・
『C-Girl』 浅香唯
噂のC~C~Girl ですかw 未だにこの歌詞だけでも理解できませんが
オリコン一位を得とくしたところはさすがか?

『100%…SOかもね』  『NAI-NAI 16』(シブがき隊)
確かに両曲とも耳に残るフレーズですね・・
でも・・なんか・・彼のイメージがちょと変わってきました(汗

えっ!?
『僕、笑っちゃいます。』(風見慎吾)
・・・(絶句) 
このメロディー浮かんだあなた! 30歳以上確定ですw

ううぅ・・
『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね』(中原めいこ)
キ・ミ・タ・チ・キ・ウ・イ・パ・パ・イ・ア・・・

えええーーー
『キン肉マンGO FIGHT!』
走る(すべる)見事に(ころぶ) ああ~心に愛が無ければ~♪
もう愛がなければ・・(〃´△`)

段階をつけてオトしてみましたw
曲をチョイスしてる時何気に楽しかったです

最近の詩からは想像も出来ませんが、これぞ言葉のプロなんでしょうね
類義人物で筒美京平さん(作曲家)もいます。
彼の幅広さについても後日書いてみたいと思います


で 森 雪之丞はこの方
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でわなくて
(綾小路が敬愛する森雪之丞から名づけられた)


ホンモノはこちらの方です
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清水宏次朗  ~Love Balladeは歌えない~

清水宏次朗・・・・
この名前を久々に聞いたのは氣志團のライブで必ず最後に流れる
Love Balladeは歌えない」を聴いた時だ

今でもVシネではアウトローを演じ、スポーツマンNO.1決定戦などにも出演し活躍しているみたいだが、
私の記憶ではやはり「BE-BOPの加藤浩志」で止まっている
こんなに目力がある人がいるのだろうかと当時思ったものだ


「Love Balladeは歌えない」の歌いだしにある
トランペット吹くオレを港で見かけても
あのコの行方 尋ねないでおくれ


こんな歌詞が普通に歌われていた時代です、はい

この歌は清水宏次朗のベスト版とビーバップパラダイスの2枚のアルバムにしか収録されておらず、しかも廃盤
それでもって絶対これを聴きたいヤツがいるはずと
氣志團がシングルのカップリングで出した訳ですね

恋人/Love Balladeは歌えない(CCCD)
恋人/Love Balladeは歌えない(CCCD)



本人たちは絶対ウケると思ったらしいのですが、それが自分たちだけの勘違いだったと後ほどわかったと書いてましたw
確かにこれがわかる人って年代もだいぶしぼられるし、当時の地域性もあると思います。
もう一曲収録されている「ビーバップパラダイス」(当時のBE-BOP出演者みんなで歌う)曲があるのですが、女性出演者片っ端から声かけたそうですが、全員に断られたとか・・宮崎ますみ、中山美穂・・そりゃそうかw

ともかく私の世代にとっての清水宏次朗ってまぶしいんです!




ミュージシャンのドラマデビュー

バンドブームが一番加熱していた80年後半

その絶頂期の最中に、何故かドラマで俳優デビューをするものがいた。

石橋凌、哀川翔のように後に音楽よりも俳優業の方が確立してしまうケースもあるのだが、この時代のドラマデビューとなった作品は、「なにゆえ?」と、首をひねるような役柄のものが多かったように記憶している。


KONTA (バービーボーイズ )
愛しあってるかい! (フジテレビ 1989年 10月16日~12月18日)
(陣内孝則、柳葉敏郎、小泉今日子)

学園ラブコメディで美術教師役を熱演した。我々のイメージしていたあのコンタが「愛しあってるかぁ~い?」「イェ~イ!」と掛け声をかけるその姿に目を疑ったものだ。自らのイメージを壊すという意味では成功だったのかも知れないが、イメージを壊す必要性はあったのどうかは、誰にもわからない。


宇都宮隆 (TMネットワーク)
LUCKY! 天使、都へ行く(フジテレビ、1989 10月19日~12月21日)

北海道の田舎で育った少女(斉藤由貴)は、動物と話ができた。
たしか馬の話だったとかすかに記憶しているが、宇都宮隆が何の役かも思い出せないほどのちょい役であった。トレンディドラマ最盛期に何故このドラマに出演したのか是非聞いてみたい。


奇しくもこの2作品はフジテレビで全く同時期に放映されていたのです。


EBI (ユニコーン)
若者のすべて(フジテレビ 1994年)

このドラマの方向性、役柄という面では、決してイメージダウンとなる様な悪いものではなかったと思いますが、萩原聖人、木村拓哉を尻目にかなり初めの方で植物人間になってしまったと記憶しております。


大槻ケンヂ(筋肉少女帯)
キモチいい恋したい! (フジテレビ系列 1990年)安田成美  吉田栄作 

大槻ケンヂがしがないバーテンダーのちょい役だった事よりかは、カルロス・トシキがカルマス皇太子役として出演していた事の方が興味深い。


岡田浩暉(To Be Continued)
もしも願いが叶うなら(1994年 TBS)主演:中山美穂、浜田雅功

3人兄弟役で浜田雅功と共にFLYING KIDSの浜崎貴司も出演していた。




天才たけしの元気が出るテレビ

近年では山崎まさよしの奇跡の人(1998年 日テレ) トータス松本主演ギンザの恋(2002年 日テレ)は両方とも裏番組が『SMAP×SMAP』で前者はその中でも健闘を見せたが、後者は完全に潰される形となった。


先日DVD化され、いくつかの人気コーナを観ることが出来るみたいだが
所詮今再販しても問題ないコーナばかりだ

伝説はいろいろあるのだが、中でも印象に残ってるのが
高田純次が街中出て、「いかにも○○な人」を見つけ

高田「すいませーん ○○さんですか?」
素人「はぁ?」
高田「○○さんですよねー?」

と素人にひつこく聞きまくるコーナ


最初はおばちゃんに「淡谷のり子さんですよねぇ?」や
サラリーマンのおじ様に「武田鉄也さんですよね?」
とひつこく聞いてる辺りまでは笑えた
しかし、段々質問もエスカレートしていき、
女性に「大仏さんですよねぇ?」とか
ハゲたおじさんに「タコですよねぇ?」とか
度を過ぎた失礼きわまりない質問にこっちまでハラハラしだす

そして最後に高田がターゲットにしたのは
パンチパーマにグラサン エナメルの靴に大きく開けた胸元
タバコを吹かしながら競馬新聞を読み込んでる
誰がどうみてもヤクザのおっさんw

高田もディレクターらしき人と相談していたがGOサインが出た模様で・・


高田 「すいません・・あの~カタギの方ですか?」

ヤクザ「あぁん?」
高田 「すいません・・(苦笑)カタギの方ですか?」
ヤクザ「カタギだよ!この野郎!」
高田 「ホントにカタギですか?」
ヤクザ「カタギだって言ってんだろうが!!」
高田 「ですよねー(笑) 失礼しましたーー」(逃亡するw)

takesi(001).jpg
(注)これはパンチパーマ軍団の相沢会長にマイクを向ける高田 
   上の人物とは別人ですが、イメージはこんな感じです



文章でどこまで伝わるか疑問ですが衝撃の映像でしたw
この番組は仕込みが多い事は重々承知してますが、
これはガチだったと思います^^A


日曜8時という放送時間で10年続いたこの番組も
裏番組の「ごっつええ感じ」に押される形で1996年終了
放送終了から10年、こんな人々の記憶に残るバラエティ番組が他にあるでしょうか?
少なくとも今の「鉄腕ダッシュ」的な番組ではなく、
思春期にに「元気TV」を見れた自分は幸せだと思います






2006/05/03(土) 00:10:04


   大きな○○の木の下で 

Q. ○○に当てはまる言葉は?


A.「くり」 が思い浮かんだあなた! 
             一般人で正常です


A.「BEAT(ビート)」 と思い浮かんだあなた!
           ピーターパン症候群ですw


青春のバイブルともいえる
「大きなビートの木の下で」
2002Ejpg.jpg

今みたいにミュージシャンがHP持ってブログなんて書いてる時代じゃなかった為、
貴重な情報を与えるこれらの本は何度も読み返したものです。
PATI-PATIやロックオンなどの雑誌もよく買いましたが、
ハタチを超えてから不思議と全く見なくなりました。

この大きな木の下に4人が集まった舞台は群馬県

その彼らの後輩にあたるBUCK-TICKも群馬出身

そして以前書いたように私は学生時代スポーツカーがとても好きで
その頃読んでいた頭文字Dも舞台は群馬県でしたね
この影響か 群馬県ではMT(マニュアル)車の占める割合が日本一らしいです。

この頃は自然と群馬県が渋いと思っておりました。




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上の記事を書いた半年後に反省の意味を込めて書いた記事が下記となっております。

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「大きなビートの木」は切れない

2006/10/06(金) 01:49:21

私がブログの記事を書くとき、まず最初に書く素材だけが決まっている。
後はそれをどう料理して広げていくかという作業となっている。
ここ最近だと「緊張と緩和の法則」という記事は、
悲しいといえば・・・うそになる」という山崎への贈る言葉が私的にツボで、
これを書きたいが為に広げた記事であり、緊張と緩和やらゴルゴ13は全くの後付けである。


そんな記事の書き方をしているのですが、だいぶ前に「大きなビートの木の下で」(以下に全文を転記してます)という記事を書いた。

大きなビートの木の下で―BOOWYストーリー
紺 待人
4789702669


この記事は私にとって決して忘れる事の出来ない、辛い記憶として残っている。


まず私のその時の状況として
・本の内容を全く覚えていない
・執筆者の紺 待人が何者かもわからない(後にBOOWYのマネージャーと判明)
・この本の売り上げやら、当時の影響力もわからない
・でもこの本に付いて必ず何か書きたい

スタート地点でもうパラドックスに迷い込んでいました。

記憶をいろいろ辿るも、どうしてもこの素材の切り口が見つからないのである。
だったら書かなければ良いと思うかもしれませんが、
このブログを書くに当たって、この本は絶対にはずせないこだわりの素材だったのです。


オノや電動ノコまで持ってきて、いろんな角度からこの木を切りつけてみるのですが、
どこにも切り口がつかないのです。


こうなってくると、とりあえず本の題名イジりしか思い浮かばない。
そして出た起承転結の最初の「」は・・

大きな○○の木の下で 

Q. ○○に当てはまる言葉は?

A.「くり」 が思い浮かんだあなた! 
             一般人で正常です

A.「BEAT(ビート)」 と思い浮かんだあなた!
           ピーターパン症候群ですw

青春のバイブルともいえる 「大きなビートの木の下で」



これはしょっぱなから苦しかった。別人の書いたものと現実逃避したくなる。
酔った勢いにも似た、ちょとテンションの上がった感じで入り込むしか、方法が無かったのだ(笑)
しかし、題名でイジれるのはここまであった。


」は起から、物語の核となる転へつなぐ役目を果たす話の中核である。
本の内容を忘れてしまっている私は、この時代のミュージシャンの本の持つ相対的な価値を書くこととした。
しかし、それも最初の2行で終わってしまい、最後の2行は無理からに足したどうでもいい「わたし情報」だ。


今みたいにミュージシャンがHP持ってブログなんて書いてる時代じゃなかった為、
貴重な情報を与えるこれらの本は何度も読み返したものです。
PATI-PATIやロックオンなどの雑誌もよく買いましたが、
ハタチを超えてから不思議と全く見なくなりました。




」は物語の核となるヤマの部分でそのまま結びの結で締める。
だが、承の部分までで書ける事&プラスアルファーまで全て出仕切ってしまっていた。
ここで終わる訳にはさすがにいかない。そこで私がとった苦肉の策は・・

この大きな木の下に4人が集まった舞台は群馬県

その彼らの後輩にあたるBUCK-TICKも群馬出身

そして以前書いたように私は学生時代スポーツカーがとても好きで
その頃読んでいた頭文字Dも舞台は群馬県でしたね
この影響か 群馬県ではMT(マニュアル)車の占める割合が日本一らしいです。

この頃は自然と群馬県が渋いと思っておりました。



論理のすり替えである 
すり替えどころか、もう別次元の話になってしまっている。
かろうじて「大きなビートの木に集まった」と素材にかけているのは、
今日までブログを書いてきたせめてもの意地である。
BUCK-TICKに話を振ったところで、これまた彼らの本を読んだ訳でもない私は、
群馬繋がりで頭文字Dへと異ジャンルに無茶振りをしてしまう。
ここまでくるともう連想ゲームである(笑)


最後に苦し紛れに足したどうでもよい「群馬県のMT比率」のプチ情報。
ここまで我慢して読んでくれた人への、ささやかなお礼だったかもしれない。

書き出しのテンションの高さから大きく下落した哀愁漂う「」の締め
心なしか文字なのに小声になっている気がするから不思議だ


私は過去の記事を結構書き直すし、つまらないと思ったら消しているのですが、
(主義主張、もしくはコメントで反論を受けたものに関してはそのままにしてます)
この記事はいつでも消去NO.1候補ながら、いつかこの素材を自在にイジれる頭の柔軟さ、
そしてこの木に斧を突き刺せるほどの文才が降りてくる事を信じて、未だにこっそり残しているのです。







コメント

  1. | URL | -

    >プリンセスプリンセスのM 
    >元々富田が交際していたM君との恋愛と思い出、別れの悲しみ、寂しさを詩に表したもの。

    Mとは売れ始めた矢先に突然自殺したヒルビリーバップスのボーカル宮城宗典さんの事だそうです。

    前日の記事「氣志團 元ネタを検証」の中にヒルビリーバップスのネタがあるのは奇縁ですかね・・

  2. | URL | -

    >わがままジュリエットさん
    なんか嬉しいですねー^^
    「イカしてる」を使う辺りで同年代の方とみましたw

    かなり年齢も限られるだろうし、同年代の方でもかなり薄い部分を対象として書いてるので、書き終わったらいつも不安になるのですが、ツボにはまってくれる方が一人でもいると嬉しい限りです。

    月に数度で良いので休みの前の日でも酒飲みながらでも流し読みしてくださると嬉しいですね。はい、こういうコメント頂くとブログ日和につきますね。
    2006/07/21(金) 00:05:36 | URL | 菊リン #- [ 編集]



    たまに覗かせていただいてます!
    あったあった~!と嬉しくなりながら読んでます。

    すごくイカしたタイトル画像ですね!
    ライブハウス武道館へようこそ!って感じが
    ツボにはまりました(笑)
    今後も更新楽しみにしております。

    2006/07/20(木) 00:47:32 | URL | わがままジュリエット #- [ 編集]

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