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クリスマスソング No,1は?

2008年02月27日 21:23

昨年の12月頃にUPするはずだったもので完全に時期をはずしてしまったが、冬のうちに書いておきたい。
そう、クリスマスソングのNo,1を決定したいのだ! 

この手をランキングは大概、達郎、ワム、マライアの3強が必ず上位を独占し、5位以下に「恋人がサンタクロース」、「クリスマスキャロルの頃には」などのオーバ30ライクな曲がでてくる。これほど事前に結果のわかるランキングも珍しい。

クリスマスの時期に毎年これらの曲が流れるから、我々はパブロフの犬になって思考停止しているのではないか?
もう一度膨大な資料を洗い直してみた。

候補曲は邦楽に限定し、そのエントリー数は数百曲に及んだ。参考資料としてWikipedia及び、下記にその一部を羅列したのでご興味ある方は見てほしい
 『クリスマスの音楽一覧(Wikipedia)』 

この膨大なエントリー曲から、今回ノミネートした曲を紹介したい


「サンタと天使が笑う夜」 (DREAMS COME TRUE)

いつかのメリークリスマス (B'z)

HOLY NIGHTにくちづけを (B'z)

一緒に…  (MAX)

Winter,again (GLAY)

クリスマス (JUDY AND MARY )

北風~;君にとどきますように~(槇原敬之)

CHRISTMAS CHORUS(小室哲哉)

「白いクリスマス」 (JUN SKY WALKER(S))

「DEAR…again」(広瀬香美)

「遠い街のどこかで…」(中山美穂)

「Burnin'X'mas」 (T.M.Revolution)

「Blue Christmas」(大黒摩季)

「Merry X'mas I Love You」 (黒夢)

「Merry Christmas To You」 (前田亘輝)

「雪が降る町」 (ユニコーン )



毎回同じ事を注釈してますが、今回も一応言っておきます。こういったものは100人いれば100通りの異なる結果となり、他人の回答は不満があり自分の答えがベストなのです。はい、その辺はご了承ください。そして私の場合はどうしてもこの時代に集中してしまいます。

では発表したい。

準グランプリは
JUDY AND MARY のクリスマス である。

JUDY AND MARY -Christmas (youtube) 


この曲はシングルカットされず、大ヒットとなったOver Drive以前のアルバムの収録曲にすぎなかった。クリスマスソングをポップとロックで融合した曲であり、前奏から歌いだしにかけてが最も印象深いのが特徴である。煌き(きらめき)をキラメキと表記するのもこの曲で知り、その後、ボク、ココロなどV系中心にカタカナ表記のいろはを学んで行ったが「千ノナイフガ胸ヲ刺ス」(GLAY)で疑念を持ち、「夜空ノムコウ」でさすがにひらがなで良いと思った。多感な思春期の時期に繰り返し聴くこととなったジュディマリの、そのキッカケでもあるこの曲をレコメンドしたい。

そして栄えあるNo,1に輝くのは

「DEAR…again」(広瀬香美)  である。

正直、このブログとしては「白いクリスマス」 (JUN SKY WALKER(S))、雪が降る町(ユニコーン) 辺りに受賞させ、このグダった記事の一応の着地点として多くの方の同意を得たかった。もしくは、奇をてらって「チェッカーズのX'mas Song」(チェッカーズ) 、「悪魔のメリークリスマス(完結篇)」(聖飢魔II) に受賞させてうやむやにするのもひとつの手であった。

だがここはガチンコで行きたいのだ。
このガチンコゆえの広瀬香美との結果で一度はお蔵行きになっている(笑)


数多くのクリスマススソングを聴いてきた。そして数多くのクリスマスソングを忘却してきた。そんな中この12月頃にふと聞きたくなるのが、いつもこの曲なのだ。
DEAR...againは演歌である。サビに近づくほどテンポをわざとずらしてコブシを入れてくるのだ。だが、これがいいのだ。



一昔前は楽曲を調べるのにいろんなレコード屋を回って調べていた事も、今や非常に容易に調べて購入/レンタルする事が出来ます。昔不完全に終わったこういったテーマを持って楽曲を集めするのも、楽しいと思います。




話変わりまして、昨年末に前回に引き続きメルマガビジスタさんに、クリスマスをテーマに寄稿させてもらいました。

平成元年に映し出されたクリスマス

一歩先を行くビジネスパーソンにぴったりの、全く新しいメールマガジン。
週刊ビジスタニュース ソフトバンク クリエイティブ株式会社



こちらもあわせてお暇な時にでも読んでみてください。。



以下、クリスマスソング一覧残り
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ウェンズデーのんびりしたいけど・・

2007年12月28日 22:08

マンデーつまったスケジュール 

イライラしているチューズデー 

ウェンズデーのんびりしたいけど 



まだまだ遠いわ日曜日

まだまだ遠いわ日曜日

まだまだ遠いわ日曜日




ちょと更新空いてしまってまして、すいません。
更新には波風ありますので、気長に見守ってください。
12月はがんばります。

T.Kの詩から学ぶ強く生きる為の女力

2007年11月12日 22:00

(年下の呼び方・・)
TOO SHY SHY BOY!


(疑問・・)
どこかに泊まるのと 街をさまようのと
どっちが悪いなんて誰が決めるの?


(回想・・)
前世があったら絶対に maybe
stray cats 路地裏の・・



(主義主張)
もうちょっと抱いていて欲しい時も
タイムリミットは曲げない主義でいたい



(本質)
泣いてたり 吠えてたり かみついたりして
そんなんばかりが女じゃない!



(願望)
one more drink 何か飲ませて
明日につながるように うまく酔わせて




(結論)
生意気な態度も時にはUSE!  

真実だけが頭を垂れる

2007年11月01日 23:10

負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと
駄目になりそうな時 それが一番大事

・・・( ´Д` )


涙の数だけ強くなれるよ
自分をそのまま 信じていてね
あしたは来るよ君のために

・・・( ´Д` )


負けないでほらそこに ゴールは近づいてる
負けないでもう少し 最後まで走りぬけて

・・・( ´Д` )



どんなに困難で くじけそうでも
信じることさ 必ず最後に愛は勝つ

・・・( ´ゝ`)





賽銭箱に100円玉投げたら
つり銭出てくる人生がいい



(´ー`)


どんな流行歌の青臭い教訓より、私には強いメッセージと道しるべを頂いております(笑)

トリビュート・アルバム一覧

2007年10月29日 22:00

トリビュートアルバムとは、功績のある人物、グループに対して称賛するため、複数のアーティストによってカバーされたアルバムである。
先日もユニコーンのトリビュートアルバムが出るというので、ネットで調べるも肝心のどのアーティストがどの曲をカバーしたかに辿りつくまで時間をくってしまった。


あの時代のバンドがトリビュートされる度に検索しては「そういえば清春って前も見かけたな・・」と、忘却してはまた検索し直しとなっていた。
いろいろ調べたが一覧でまとめているようなサイトは存在しなかったので、ならば目ぼしいトリビュートアルバムの参加したアーティストとその楽曲を
今後の為にもひたすら記述してみる事にした。



HIDE
hide TRIBUTE SPIRITShide TRIBUTE SPIRITS
YOSHIKI

曲名リスト
1. Introduction
2. ROCKET DIVE(布袋寅泰)
3. Beauty&Stupid(清春,SHOJI)
4. TELL ME(kyo&TETSU)
5. ピンクスパイダー(SIAM SHADE)
6. LEMONed I Scream(shame)
7. ピンクスパイダー(コーネリアス)
8. FLAME(ZEPPET STORE)
9. SCANNER(LUNA SEA)
10. DOUBT’99(BUCK-TICK)
11. ever free(トランスティック・ナーヴ)
12. 限界破裂(オブリヴィオン・ダスト)
13. MISERY(GLAY)
14. CELEBRATION(I.N.A.,PATA,heath)
15. GOOD-BYE(YOSHIKI)

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最初だけ少しコメントしてみる。
トリビュートアルバムは意外と売れないのだ。その理由は無名の若手バンドの売名であったり、独自色を出しすぎて原曲のイメージが残ってないなどがあり、それを新鮮ととらえる人もいるが、たいがいは上記の理由でガッカリするのだ。そんな売れないというジンクスを崩したのがこのhideのトリビュートアルバムで、この手のアルバムでは唯一ミリオンセラーを記録した。中学生が机に好き勝手想像して書く「もし○○がこれを唄ったら・・」を追悼のいう名目もあり見事実現している。下記の尾崎もそうだが、追悼盤となるとそのバリューは跳ね上がるのだ。


尾崎豊
BLUE ~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI (CCCD)BLUE ~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI (CCCD)

曲名リスト
1. ダンスホール Cocco
2. 僕が僕であるために Mr.Children
3. 路上のルール 橘いずみ
4. 十七歳の地図 175R
5. I LOVE YOU 宇多田ヒカル
6. 太陽の破片 岡村靖幸
7. LOVE WAY 大森洋平
8. 街路樹 山口晶
9. OH MY LITTLE GIRL 竹内めぐみ
10. 闇の告白 斉藤和義
11. Forget-me-not 槇原敬之
12. 15の夜 Crouching Boys

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BUCK-TICK
PARADE~RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK~PARADE~RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK~

曲名リスト
1. JUST ONE MORE KISS / 清春
2. ICONOCLASM / J
3. MOON LIGHT / BALZAC
4. 見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ / 土屋昌巳
5. MY FUCKIN’ VALENTINE / ATTACK HAUS
6. Living on the Net (Ken Ishii Remix) / KEN ISHII
7. 囁き / 遠藤ミチロウ
8. 六月の沖縄 / THEATRE BROOK
9. スピード / MCU (KICK THE CAN CREW)
10. MONSTER / RUNAWAY BOYS (kyo and nackie)
11. PHYSICAL NEUROSE / AGE of PUNK
12. 悪の華 / rally
13. ドレス / abingdon boys school

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Song for U.S.A.

2007年10月16日 22:09

80年代 兄はベストヒットUSA で洋楽のPVを繰り返し観ていた
80年代 私はミュージックトマトで邦楽のPVを繰り返し観ていた

幼少期のこんな些細な違いで後の人生の方向性が大きく変わってくることは大いにある。
この分岐点で邦楽を選び洋楽をおろそかにしたことで、今まで数多くの会話を閉ざしてきた気がする。

と言いつつ兄の観るベストヒットUSAを背後から覗いていた。全米をにぎわす洋楽PVとミュートマを比べるのは酷である。
例えば実写とスケッチを巧みに合成したA-Ha の「Take On Me」などその代表作をあげればキリがない。

a-haImage8.jpg



では、80年代の邦楽の代表的なPVとなると何が思い浮かぶだろうか?


私はハウンドドッグのff(フォルティシモ)を推したい。

拳を突き上げながら「愛がすべてさ 今こそ誓うよ」と
ハウンドドッグの愛と勇気路線を決定づけた代表作とも呼べる楽曲である。


ff(フォルティシモ)とは
きわめて強く という音楽用語である。


さて、あなたが映像作家としてきわめて強くを視覚に訴えるとするとどんな絵を考えるだろうか?

過去の戦争の映像やヒトラーなどをサブリミナル的に挟んで破壊を連想させるのか・・
アーティストを女豹にメイクさせ、激しいダンスをおどらせるのか・

音楽を視覚的に補うのがPVである。映像が主役になってはダメで抽象的にその楽曲のイメージを訴えていかなければならない。


前フリはこの辺でここから悪ノリして徐々にふざけていく。

この本作はあの胸が高鳴るチャララ~ララチャララッララ~♪の前奏と共に
男達がツルハシで土を掘っている空撮から始まる。

HDImage3.jpg

強制収容所という設定なのだろうか・・。


そして突如始まるまさに絵に書いたような泥の中で行われる泥試合
HDImage4.jpg

バンドメンバーかエキストラかもわからないグダグダしたもみ合いを、特に進展のないまま最後まで見さされます。

驚きはなのはサビ以外はツルハシ→泥試合→ツルハシ→泥試合・・と
ほぼこの2つのシーンの交差のみで成り立っている点です(笑)


肝心のサビでは
HDImage6.jpg

海辺を拳を突き上げかっ歩する大友氏


HDImage7.jpg

ウアォ!

大友氏の背後に突如あらわれ共に海辺をにかっ歩する無数の若者達

おお・・これじゃオチが弱いよ(汗
ともかくきわめて強い(フォルティシモ)狂犬(ハウンドドッグ)を確かにわかりやすく表現していた。




言っとくが音楽PVに「それは何の意味が?」と問うのは愚問・・愚の骨頂である。

それがわかっていてもこのPVの製作者の何のひねりの無さは一周回って感心してしまうのです。


80年代前半といえば日本では夜ヒットやベストテンなどの生放送の音楽番組全盛期で、
それに出演する事が最も大きな宣伝法でPV軽視という風潮が確かにありました。
PVも音楽の一部と認識していた欧米のそれと比べると、はるかに劣っていたと言わざるをえません。

それゆえにカラオケ映像かと思わせる80年代のお宝邦楽PVは、まだまだ眠っていると思われます。

あとはぞうきんとして働くだけ

2007年10月08日 22:19

あの日・・

いつも以上に声を張り上げるボーカル
いつもよりふし目がちなギターリスト


「フォークのバンドじゃねえんだから、ジメッとするのは似合わねえと思うから
最後にビシッと決めるぜ!ドリーミン!!」



そう言ってBOOWYの解散が噂じゃなかった事を知るとことなった



あの日・・・

全国紙の朝刊で大々的に解散の発表したドラマー
その朝刊で解散する事を知ったボーカル


「今日(解散)会見が開かれることは僕も新聞広告ではじめて知りました。ショックです・・」

ボーカルが会見に呼ばれないことでもう修復の効かないものだと悟ったXJAPANの解散劇



あの日・・

ライブ途中に突然ギターを叩きつけてステージから消えるギターリスト
「ちょっと休憩!」と言い残しそのメンバーを説得に向かうボーカル



直後に「もう言うわ。ここでこんな醜態されけ出しといてみんな騙し続けてられないから。
次のツアーで俺ら解散します(中略)ほんとはまだ言ったらまわりの大人たちから言わせればまずいんだろうけどさ、
俺は我慢できない。暴れて帰れ!」


学校に提出されるぞうきんの気持ちを歌い上げた彼らも、この時もう21歳になっていた

baku_zoukin.jpg



解散の報告はネットが主に使われる昨今、無機質に言葉でその事実を伝えられるよりも
人間憎悪の入り混じった醜態の姿をみせる方がロックらしくて良いと思う。

バンドブームの境界線

2007年09月26日 23:13

ジュンスカ、X、ルナシー、米米・・
あの時代のバンド達の再結成が相次いでいる。
そのせいかメディアで当時のバンドブームの特集をよく目にする。

とりわけテレ朝が多いように感じる。となると使われる映像は自然と過去のミュージックステーションのものとなるのだ。わざわざDVDでもない市販のビデオテープを買って、いちいち発売元の許可を取るような面倒な事はしないのである。

何が言いたいかといえば、その結果非常に偏ってしまうのだ。

C-C-Bやたまの映像を出されたところでもはや何の懐古も感じないのだ。BAKUや聖飢魔IIがスタジオを暴れ周るのもお腹いっぱいだ。バンドブームは選びきれないほどの本当に数多くのバンドが存在したのだ。

そんな中、先日アメトーークの「華の47年組」という企画を観ていたのだが、そこでKUSUKUSU、アンジー、レピッシュなどの映像が流れた。最近の番組にしてはなかなか踏み込んだと思うが、このラインが一般人とバンドブームを知る人間とのギリギリの境界線(妥協点)なのかとも思った。

テレビメディアで取り上げられる境界線は、どの辺りなんだろうとふと考えた。


■ 王道
ジュンスカ、ユニコーン、THE BOOM
ジッタリンジン、GO-BANG'S、BLANKEY JET CITY ,etc


■ 色もの(そのインパクトの強さに選ばれる可能性も高い)
たま、カブキロックス、AURA、人間椅子、筋肉少女帯、・・



■ 放送の境界線(一部の人間をうならせるが、多勢の人間は??)
アンジー、KUSU KUSU、FLYING KIDS、ZI:KILL、、有頂天
ラフィン・ノーズ レピッシュ、ソフトバレエ、コブラ、THE FUSE・・・



星になった無数のバンド達




この境界線上でいつも当確ラインにいながらギリギリアウトなのがカステラである。
少なくとも93年に解散して以来、私はその姿をメディアで目にした事はない。
こうなると自分だけの認知度だったのかと疑心暗鬼になるが、このオムニバスアルバムを見てマイナーではなかった事を確信した




30-35 vol.1「もう一回、バンドやろうぜ!」
30-35 vol.1「もう一回、バンドやろうぜ!」

曲名リスト
1. プロローグ「昭和45年~50年生まれ、バブル未経験の世代に贈るCDマガジン・・・・・」
2. 大迷惑/ ユニコーン
3. すてきな夜空/ JUN SKY WALKER(S)
4. GLORIA」/ ZIGGY
5. Dear Friends/ パーソンズ
6. JUST ONE MORE KISS/ BUCK-TICK
7. フレンズ ~remixed edition~/ レベッカ
8. 故郷だより「続きまして故郷だよりです。緑町では毎年恒例の町興しイベント・・・・・・」
9. DIAMONDS<ダイアモンド>/ プリンセス プリンセス
10. 星のラブレター/ ザ・ブーム
11. ZOO/ エコーズ
12. GET WILD/ TM NETWORK
13. ff (フォルティシモ)/ ハウンドドッグ
14. 練習スタジオにて「ちょっと、違う違う。ストップ・ストップ!止めて止めて。あのさ・・・・・」
15. ビデオ買ってよ」/ カステラ
16. 天井裏から愛を込めて/ アンジー
17. パヤパヤ/ LA-PPISCH
18. 限界LOVERS/ SHOW-YA
19. 紅/ X
20. ヘチマ・ライダー/ ヘチマコネクションズ*BONUS TRACK

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この面子にまじっているのだがら、決してマイナーバンドではなかったのだ。
そう、今回はカステラを取り上げるのだ。

ロックバンドぽくないバンド名という事でカステラと命名されたらしいのだが、
その問いにカステラを選ぶとは、60億人中オンリワンーの回答であろう。早稲田在学中に結成したバンドで、元祖高学歴バンドでもあり、その発想力は脱帽である。

ボーカルの大木がThe ピーズのボーカルの双子の弟である事は、ヤガミトールと樋口豊の関係を問うぐらい愚問である。彼の2倍速かと思わせるキーの高さは、先にバンドを結成した双子の兄への差別化である事は容易に想像できる。


彼らのヒット曲である「つけぐちしてね」のサビだが、

きみがぼくの味方でも敵でもどっちでも~ 
関係ないよ~ 
つげぐちしてね♪



尾崎以来の強い咆哮
ミスチル並の風刺の効いた社会批判を確かに感じ取った(笑)



そしてカステラの歴史で忘れてはならないのが
1991年 12月31日 日本青年館

カウントダウン108曲ライブである。


やってしまったのである。
誰もが考えそうで、誰もが敬遠する事を!
煩悩の数に合わせて一曲終える毎に鐘を鳴らすという予想通りのものであった。
4時間を超えたこのライブで褒めるべきは、アンコールを要求しなかったとても空気の読める観客であろう。
彼らの鐘の音は確かにバンドブームに終焉をもたらしたのだ・・


だが、決して色物バンドではなかった彼らは、人を惹きつける何かを持っていた。ほとんどのバンドを忘却しているにもかかわらず、ふとカステラの曲を自然と口ずさんでいる自分がいるのだ
非関東地区在住でイカ天も見れず、中途半端な年齢でバンドブームを眺めていた私の境界線はやっぱりカステラなのである。


さぁ、10も違う後輩にYOUはマルチタレントじゃなくて、FAIR CHILDのボーカルで「探してるのにぃ~♪」と歌っていたんだよと説明しなけければならない。
そうそう、石橋凌は俳優ってイメージだろうけどさ、その昔・・

もも上げダンスこそ最大のシンクロナイズド

2007年08月03日 21:50

気分の高揚したとき、体が思わず動いてしまう仕草というのはないだろうか?

口笛が出てしまう人もいれば、ゴールが決まった時のカズダンスのような表現方法もあるだろう。
だが、わたしの気分が高揚した時にでる仕草は決まっている。



もも上げダンスだ。

jjjgNBO1.jpg


この段階で「?」となった方は、この先さらに「??」になることをお約束出来きます。
ここがこのエントリーのピークとなっているので、安心して引き返してほしい(笑)

激しく狭いゾーンを狙っている気がするので、一応簡単に説明させてもらう。

この腿上げダンスはBOOWYの「ホンキートンキークレイジー」の間奏で行われていた、
氷室、布袋の恒例でもあり唯一のダンスなのだ。

腿は出来るだけ高く、リズムカルに上げなければならない。
私の階下に住む住民は、ビリーズブートキャンプならぬ腿上げダンスが行われていようとは、
よもや夢にも思わないであろう。もっと気分がのってくると
「Kiss me once more~ Kiss me once more~♪ I got X■$#・・」
(ここは歌詞カードに載ってないので各自の当時の空耳が歌われる(笑))
と裏声のコーラスが加われば気分は最高潮である。

この美技は2人の息がぴったりとシンクロされる事に意義がある。
このダンスきっかけはお互いのアイコンタクトで始まることをご存知だろうか?
こっちをお向きよソフィアばりに、お互いの目線の駆け引きが行われる。
私のデータによると氷室が後から合わせて行くケースが圧倒的に多かったようだ。


これを実際やってみるとわかるが意外としんどい。
ランナーズハイの状態に陥り、次第と笑えてくるのだ。
BOØWYの歴史の中でも最大の笑顔はこのダンスで生まれた。 

boowyegao.jpg
 (「GIGS CASE OF BOOWY 1」より)

腿上げダンスはあなたに最高の笑顔をお約束します♪


ああ・・こういう記事は完全に自己満足ですが、なんだか潤滑油になります(笑)

BOOWY - HONKEY TONKEY CRAZY(PV) 

野音に情熱の薔薇 が咲いた夜

2007年06月30日 21:06

日比谷野外音楽堂 (通称:野音


キャロルの解散コンサートで炎上したことが、野音伝説の序章となった。
炎上とはなにも比喩的表現じゃなく、本当に燃えたのだ。何を言ってるかわからない人は、お父さんにでも聞いてほしい。皮肉にもこの事故がキカッケで「ロックのメッカ」としての、その後多くの「野音伝説」を創りあげていった。

野音伝説の中でも、このブログとしてはずせないのは、あのバンドの結成のキッカケとなった場所である事だ。

スピニッジパワー時代の氷室が、当時の所属会社に嫌気がさし地元に帰る事を決意した時期に、ふらりと立ち寄った場所がこの野音であった。そこでRCサクセションのライブパフォーマンスと「スローバラード」にショックをうけて、もう一度思い直し、あの男を六本木アマンド(喫茶店)に呼んでBOOWYは結成された。これをもう10回は書いた気がする(笑)


そして、今回取り上げたいのが、ちょうど今から20年前のこの初夏の時期 

1987年7月4日  ザ・ブルーハーツ 初のワンマン野音コンサートだ。

80年代のライブを語るうえでも、ブルーハーツの歴史を振り返る意味でも、はずせない一夜となった。

その理由はまず、このライブの前に起きた悲劇を知ってもらう必要がある。
三ヶ月前に野音にて、ラフィンノーズのライブに集まったファンが将棋倒しになって、死者3人を出す事故を起こした。この事件は当時社会問題にまで発展し、過激なライブに多くの非難が集中した。

熱狂的なファンを持つ事で有名なブルーハーツのライブの開催は危ぶまれることとなり、野音側とのブルーハーツ側の話し合いが続けられた。なんとか開催にこぎつけるも、その条件として、多数の警備員と機動隊、そして鉄の柵を観客席の設置する事であった。

ライブ冒頭に登場したヒロトは、彼なりの皮肉った言葉で、自分たちの思いを素直に観客にぶつけた。
20070630194855.jpg


(会場の鉄の柵を見つめて)

みんな動物園のようなオリに入って、ええなぁ、オイ! 
おれらはサーカスみたいな台に乗せられて、みんなバカみたいよ(笑)

(中略)
音楽のことは一生懸命やる、ということしかないから、やるけども。
警備のやり方とかね、俺等が考えても、(野音側が)やらしてくれんのじゃぁ。


でも、ひとつだけ信じていることがあるんです。
こんなもん(鉄柵)なくたってケガ人出さないライブ出来るよなぁ?

表には機動隊も待っとるし みんな安心して騒いでくれ!



この言葉と共に一曲目の「ブルーハーツのテーマ」に突入する。
この時のオーディエンスのボルテージは、容易に想像できると思う。

少し脱線させてもらいます。
これも何度か書いた気がするが、中学生の頃、吉川晃司のコンサートに初めていった。当時の吉川ファンといえば、前髪が滝になっている工藤静香みたいなお姉さまと、異常な肩パットスーツに柴田恭兵のサングラスを着用したお兄さま。観客のほとんどがそういう人たちで、独特の異様な空気が会場に流れていた。曲が一通り終わり、皆でアンコールを言わなければいけないお約束の場面で、誰もアンコールを言い出さないのだ。間違いなく誰かがアンコールと言い出せば、そこから広がっていくのに、その第一声がどこからも出ない。「お前が言えよ」という観客同士のお見合い状態がだいぶ続き、結局、アンコールコールなしで吉川さんは登場するはめになった。その年以後長い間、私の土地には吉川さんは来なかった事も記しておく。

何が言いたいかといえば、ライブの空気はその時の観客が作るということなのだ。
障害はオーディエンスを一体化させその興奮は伝染していく。

この観客の熱気はさらに彼らをヒートアップさせ、いつもに増しての圧倒的なパフォーマンスを演じ、その興奮はDVDからでも十分伝わってくる。
ライブも中盤に入り、ケガ人も出ずに大熱狂となっているこの状況に、ヒロトはMCで興奮しながら、あの名言を言うことになる。


どうやら、どうやら・・
この鉄のオリは、人の心までは縛れんようじゃなぁ! 

ザマぁみろ!

(リンダリンダへ)



野音にひとつまた伝説が刻まれた瞬間だった。
この流れでリンダリンダなんて、どれだけプライスレスなライブなんだろうか。

私はこの野音のコンサートの映像が強く残っているせいか、
坊主頭にボロボロのロンT、左腕に赤い腕章のこの時のヒロトの姿が、一番輝いて思い出されるのだ。


この名言の後のリンダリンダで

決して負けない強い力を

僕はひとつだけ持つ


「ぼくはひとつだけ持つ」と唄いながら、一本の指を会場に突き立てたシーンはなぜか泣きそうになった。
そのときの会場との一体感は、本当に鳥肌ものであった。

20070701030703.jpg



大人になった今でも、まだ残る少年の部分をチクチクついてきやがるザ・ブルーハーツが、
いくつになってもやっぱり好きだ。


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