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世紀の舌戦は不朽の名作への序章

2007年05月23日 22:01

国内のボクシングの試合で最も盛り上がったとされるのは、
1994年12月4日 WBC世界バンタム級タイトル統一戦 

辰吉丈一郎 X 薬師寺保栄 戦である
tatuyosi1.jpg


この試合が今でも人々の記憶に残っている要因をマジメに考えてみます。

日本人ボクサー同士初の世界タイトル戦、そして壮絶な打ち合いとなった試合内容も当然あるのだが、
その壮絶だった接戦以上に試合前の壮絶な舌戦が大きかったと思う。

ボクシングに限らず格闘技全般において舌戦はショーパフォーマンスとも言われ、興行を成功させるためには欠かせないものである。
しかしこの試合の舌戦は辰吉のショーパフォーマンスから始まったものの、それが徐々に周りに引火していき、パフォーマンスではなくなっていった経緯がある。

舌戦になったまでの経緯を簡単に書くと、元々は王者だった辰吉が怪我で防衛戦が出来ないときに、韓国の辺丁一選手が暫定王者になり、それに挑戦した薬師寺が僅差で判定勝ちし暫定王者となった。薬師寺が負けていてもおかしくない判定内容に、当然おもしろくない辰吉は、マスコミを通じてこの試合を散々こき下ろした。そしてお互いの試合が決まるとその舌戦はエスカレートしていく。


辰吉は薬師寺の事を「勘違い君
薬師寺は辰吉の事を「思い上がり君

辰吉 「薬師寺ごときジャブなしで勝てる

薬師寺 「辰吉って一発で相手倒したこと ないでしょ?

辰吉 「ラメ入りメッシュが目に入るのでやめろ


予備検診で顔を合わせた時、辰吉は
「ほな帰るわ。バイバイ」言うたら(薬師寺が)『うん』て、うなずいてたわ。
なんかええ子やん。ちゃんと返事しよるもん。
けど、殺すことに変わりはないよ。悪いけど

高橋ヒロシのマンガに出てきそうな振り返り時のセリフである(笑)

この辺まではまだ挑発(パフォーマンス)の域だったと思われるたが、
この2人の舌戦は徐々に周りも巻き込んでいき、その発言内容も挑発の域を超えていく。


マック・クリハラ(薬師寺 セコンド)
辰吉? バカ。ヒーイズバカ。当日は奴の両目を潰してやる!
辰吉は薬物使用の疑いがある」(試合前日発言)

薬師寺と親友である井岡は、勝敗予想を聞かれ
嫁さんの綺麗さでは薬師寺君の圧勝です

山田隆裕(当時Jリーガー)
「今の日本ボクシング界で「天才」と呼べるのは辰吉丈一郎だけ。
その彼と試合が 出来ることを薬師寺は感謝しなきゃいけないのに、怒らせて本気にさせてしまった。バカですよ。殺されて当然


マスコミの煽りもあって通常のパフォーマンスの域を超え、プロレスで行われるパフォーマンスの域に到達していた。
また辰吉が薬師寺の家族までを中傷の対象とし、辰吉一辺倒だった世間の風向きも徐々に変化していった。


2人は全く対照的なボクサー人生を歩んでいた。

デビュー当時から天才と呼ばれていた辰吉は、人気・実力共にナンバーワンで、史上最短のデビュー8戦目での世界タイトル獲得は当時の快挙であった。一方、薬師寺はその実績と裏腹に観客を集めるような人気はなかった。

(1994年 対決当時の戦歴)
薬師寺 25戦 22勝(16KO) 2敗1分
辰吉  12戦 10勝(8KO) 1敗1分

この戦いは薬師寺が正規の王者で実績も上にも関わらず、辰吉の人気によってその構図は逆となり、薬師寺が挑戦者と扱われた。実績でいえば薬師寺の方が勝つ確率が高いと予想されていてもおかしくないが、「辰吉は別格」という根拠のない空気が当時世間にはあったと思う。


辰吉人気に興行権の入札もTBSと日テレが奪い合い空前の金額(3億円超)が記録された。辰吉のファイト・マネーは、1億7千万円とも言われている。

このような筋書きがあって試合当日をむかえる。

(試合内容については素人なもので省かせてもらいます。)

試合終了のゴングが鳴り、解説の具志堅用高が
「闘い終わったら、二人は友達なんですよね」の言葉通り2人はリング上で抱き合っていた。


試合直後に辰吉は「薬師寺は強かったよ。試合前に言ったことを謝りたい。」と語り、薬師寺も「辰吉は自分がこれまで戦った相手の中で最も強い選手だった」と敗者を賞賛した。
あの辰吉が負けて、あの辰吉が謝ったというのが、舌戦から激闘へと続いた後の清涼剤となったのだ


ロッキー1を思い出して欲しい。
アポロは最初ロッキーを口汚く罵るが、もしアポロが純粋無垢な男だったら、あれほどの大ヒット映画となっただろうか?ロッキー4であそこまで盛り上がったのは、あの口汚いけど実力はあったアポロとの関係が大事だった事は間違いない。
不良ものマンガによくある王道パターンの「最初は悪役だが、戦いを通じて仲間になる」はいつの時代も人々を惹きつける魅惑のストーリーなのだ。

謙虚が美徳とされる日本において相手を罵るというのはそうあることではない。亀田のように一方的に罵ったり、度が過ぎると大衆の心は掴めない。群集はベタであってもいつの時代もストーリーを求める。そういった意味でもこの辰吉 X 薬師寺戦は普遍のストーリーが散りばめられていたからこそ、ボクシングに興味のない人々もこの試合に釘付けとなったのです。


それにしても辰吉という男は、勝つ時は本当に天才な勝ち方をして、
負ける時は相手の力を最大限に発揮させてから負けるというカリン様の様な選手です。

芸人の年齢考察

2006年09月25日 21:21

吉本で芸人117人にアンケートをとった結果、平均年齢27.8歳、芸歴7年で、平均年収は279万599円となった。
700万円以上の芸人が17人いる半面、50万円未満が29人だという。
高額納税者で数多く名をつらねる反面、バイトをしながら芸人を続ける芸人も数知れなく、お笑い界の所得格差は大きい。


■ お笑い世代
第1世代
萩本欽一 西川きよし、桂三枝、ドリフ、他

第2世代
ビートたけし、明石家さんま、
タモリ、島田紳助、笑福亭鶴瓶、他

第3世代
ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャン、出川哲朗、
今田耕司、東野幸治、ダチョウ倶楽部、ホンジャマカ、さまぁ~ず、他

第4世代
ナインティナイン、くりぃむしちゅー、爆笑問題、ネプチューン、
雨上がり決死隊、極楽、よゐこ、ボキャ天メンバー他

第5世代
アンタッチャブル、品庄、おぎやはぎ、長井秀和、キングコング、青木さやか、今のお笑いブームの人他


「あの芸人は○○世代だろう!」とつっこみはあると思いますが、
お笑いの世代論争は明確な線引きがある訳でないのでそこはご勘弁願いたい。
芸人の引退というのは事実上ない訳で、第2世代以降は現在も第一線でやっている芸人が多く、枠が空かない。
世代間の交代が出来ていないシワ寄せは、今の30代の芸人に如実に出ていると思われる。
第4世代第5世代の芸人は現在30代が多数を占め、年齢の差がない現状がある。


■ 8年周期説
○萩本欽一 (1941年5月7日生)
    ↓
○ビートたけし(1947年1月18日生まれ)
    ↓
○明石家さんま(1955年7月1日)
    ↓
○ダウンタウン(松本人志;1963年9月8日誕生 浜田雅功;1963年5月11日誕生)
    ↓
○ナインティナイン(岡村隆史;1970年7月3日誕生 矢部浩之1971年10月23日)
    ↓
    ? (1978~80年生まれ)


8年周期で世代感を代表する芸人が生まれているという事らしい。
今の第5世代を引っ張る芸人がまだ出ていない。
「はねるのトびら」メンバーは、この世代の王道を走っていたにもかかわらず
ゴールデンに移動するまで4年半もかかってしまっている。


年収億を稼ぐにはゴールデンの冠を持つのが絶対条件である。
そこで先代の各世代の代表芸人が何歳でゴールデン枠を掴んだのか調べてみた。

■ ゴールデンで看板を持った年齢
志村けん
24歳~35歳 8時だョ!全員集合
36歳~    加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ・志村けんの失礼しまぁーす!

さんま、島田紳助
26歳~ オレたちひょうきん族


ダウンタウン
25歳~      夢で逢えたら、ガキの使い
28歳~34歳   ダウンタウンのごっつええ感じ

とんねるず
24歳~    夕やけニャンニャン
26~27歳  とんねるずのみなさんのおかげです、ねるとん紅鯨団

ウンナン
26歳~ ウッチャンナンチャンのやるならやらねば


ナイナイ
25歳   めちゃ×2モテたいッ(土曜パナソニック枠)
26歳~ めちゃ×2イケてるッ!


こうやって見ると20代前半で地方または深夜で圧倒的な人気を博し、
20代中盤~終盤にかけてゴールデン枠で冠番組を持っていることがわかる
今現在20代の芸人で単独でゴールデン枠の冠段組を持っている芸人はいるのだろうか?
今後20代で冠ゴールデンにたどり着きそうな芸人も思いつかない。
しかし、この様に王道ばかりではなく例外パターンもある。


ダチョウ倶楽部
当時 肥後克広(30)~上島竜兵(32歳) の時にTBSで初のゴールデン冠番組
「王道バラエティつかみはOK!」(1993年)が放送された。
第一回に肥後の愛車を爆破したり、安岡力也に本気シバキを受けたりと彼らの持ち味を
最大限発揮した内容だったが、低視聴率ですぐ打ち切りとなった。
その時に「ダチョウ倶楽部にゴールデンは早かった」と囁かれ、
その後現在に至るまでリベンジをする機会も与えられていない。
このクラスの芸人にとってゴールデン挑戦は2度もないとてもシビアなものなのだ。 


くりぃむしちゅー
彼らの出世街道はお笑い界では異例といえる。25歳の時に「ボキャブラ天国」でプチブレイクを果たすもその後低迷。
5年間地方の番組などで何とか繋ぎとめ、30歳の時に「ウンナンの気分は上々」で海砂利水魚→くりぃむしちゅーと改名したのが転機となった。
ゴールデンの番組でサブメイン(「世界一受けたい授業」や「ズバリ言うわよ!」、「笑いの金メダル」など)中心だったが、「くりぃむしちゅーのたりらリでイキます!!」で生粋のくりぃむによる冠番組となり、上田36歳・有田35歳にして念願のゴールデンタイムにおいての初の冠番組になる。一度低迷後に返り咲きというパターンはその他、爆笑問題、雨上がりも同様にいえる。



上がどんどんつまっていく中、出川哲朗、ダチョウ倶楽部の様に独自の自分のポジションを確立できている40代の芸人達。
オリラジの様にデビュー直後にブレイクしていく20代前半の芸人達。
そう考えると今30代の芸人達が数も多く、一番キツい立場にいると考えられる
30代で特定のポジョションも持てずに、くすぶっている芸人は数知れずだ。


<現在30代の芸人(2006年現在)>




40歳
深沢邦之[Take2]
ダンディ坂野

39歳
安田和博[デンジャラス]

38歳
平畠啓史[DonDokoDon]
名倉 潤[ネプチューン]
岡田圭右[ますだおかだ]
山口智充[DonDokoDon]

37歳
堀内 健[ネプチューン]
東貴博[Take2]
長井秀和
増田英彦[ますだおかだ]
西尾季隆[丁半コロコロ]
原田泰造[ネプチューン]
さがね正裕[丁半コロコロ]

36歳
博多華丸[博多 華丸・大吉]
中本哲也[テツandトモ]
石澤智幸[テツandトモ]
ハローケイスケ
パックン[パックンマックン]
中川剛[中川家]
藤本敏史[FUJIWARA]
原西孝幸[FUJIWARA]
博多大吉[博多 華丸・大吉]
高橋健一[キングオブコメディ]

35歳
中川秀樹[ペナルティ]
小木博明[おぎやはぎ]
矢作兼[おぎやはぎ]
佐藤祐造[インスタントジョンソン]
塚地武雅[ドランクドラゴン]
スマイリーキクチ
中川礼二[中川家]
山田一成[いつもここから]
長州小力
ヒロシ
藤井宏和[飛石連休]
渡辺隆浩[インスタントジョンソン]




34歳
ユウキロック[ハリガネロック]
品川祐[品川庄司]
鉄拳
日村勇紀[バナナマン]
大谷伸彦[ダイノジ]
脇田寧人[ペナルティ]
大地洋介[ダイノジ]
杉山貢一[インスタントジョンソン]
児嶋一哉[アンジャッシュ]
柳原哲也[アメリカザリガニ]
渡部建[アンジャッシュ]
井戸田潤[スピードワゴン]
平井善之[アメリカザリガニ]
石井正則[アリtoキリギリス]
マックン[パックンマックン]
青木さやか

33歳
設楽統[バナナマン]
飯塚悟志[東京03]
小島忍[底ぬけAIR-LINE]
吉田敬[ブラックマヨネーズ]
小杉竜一[ブラックマヨネーズ]
古坂和仁[底ぬけAIR-LINE]
大上邦博[ハリガネロック]
小沢一敬[スピードワゴン]
陣内智則

32歳

川谷修士[2丁拳銃]
西田[笑い飯]
後藤輝基[フットボールアワー]
八木真澄[サバンナ]
多田健二[COWCOW]
虻川美穂子[北陽]
山田興志[COWCOW]
谷井一郎[エレキコミック]
大熊啓誉[シャカ]
哲夫[笑い飯]
石井康太[やるせなす]
中村豪[やるせなす]
石塚義之[アリtoキリギリス]




31歳
大村朋宏[トータルテンボス]
城野克弥[野性爆弾]
河本準一[次長課長]
徳井義実[チュートリアル]
だいたひかる
柴田英嗣[アンタッチャブル]
宮田てつじ[シャンプーハット]
福田充徳[チュートリアル]
高井俊彦[ランディーズ]
石橋尊久[イシバシハザマ]
金成公信[ハローバイバイ]
升野英知[バカリズム]
隅田美保[アジアン]
鈴木拓[ドランクドラゴン]
岩尾望[フットボールアワー]
藤田憲右[トータルテンボス]

30歳
庄司智春[品川庄司]
山崎弘也[アンタッチャブル]
高橋茂雄[サバンナ]
小出水直樹[シャンプーハット]
井上聡[次長課長]
田中卓志[アンガールズ]
井上マー
川島邦裕[野性爆弾]
鈴木崇大[タカアンドトシ]
菊地秀規[いつもここから]
山根良顕[アンガールズ]
三浦敏和[タカアンドトシ]
はなわ
菅広文[ロザン]
ハチミツ二郎[東京ダイナマイト]
劇団ひとり
松田大輔[東京ダイナマイト]




その他無名の芸人数知れず


たむらけんじの「売れてる芸人は全員死ね!」は芸風でなく、この世代の芸人達の本当の切なる願いなのです。
このお笑い超激戦区である30歳代の芸年の皆さんを、当ブログは今後も注目、応援してまいります。

with T.Kが離れる時

2006年09月16日 17:19

1996年4月15日付けのオリコンシングルチャート

1位 安室奈美恵 「Don't wanna cry」
2位 華原朋美 「I'm proud」
3位 globe 「FREEDOM」
4位 dos 「Baby baby baby」
5位 TRF 「Love&Peace Forever」

小室プロデュースが上位を独占し、小室旋風がピークに達した年であったといえる。


komuro01.jpg

小室ファミリーと定義されるアーティストは100組以上在籍し、この時代の小室旋風は圧巻の一言でした。しかし数多い為か名目上は契約期間の終了ですが、事実上の解雇通告というものが存在しました。長期にわたったり、短期間で終わったりとそのプロデュース期間もさまざまで、裏にいろんな事情があった事が見え隠れします。

どの曲がTKプロデュースの最後の曲になったのか?
そのアーティストのその後はどうなったのか?

を検証してみたいと思います。


大きくダメージを受けたアーティスト

篠原涼子
恋しさとせつなさと心強さと / (1994年7月21日)
もっと もっと… / (1995年2月8日)
Lady Generation (1995年8月2日)

全3曲。小室ファミリーの中でも一番ダメージを受けたのではないかと思われる。「涼子は一人でも十分やっていけるから」という別れ話の典型的な口実のセリフを小室氏から言われたという。最後のプロデュース作品となった「Lady Generation」 の三ヵ月後にリリースされた「ダメ!」という曲の世間的認知度を考えると、一人では到底無理だった事は明白であった。その後10曲リリースしているが一曲でも頭に浮かんだら、たいしたものだと思います。


鈴木亜美
love the island(1998年7月1日)
    ↓
Reality/Dancin' in Hip-Hop(2000年4月12日)

ASAYANで自身のプロデュース番組からの発掘という事もあり、デビュー曲から12作品連続で小室プロデュースだったが、事務所のトラブルが原因で小室哲哉との協力関係も元の事務所と小室との関係が深かったため終焉を迎えた。



契約期間、もしくは提供曲数が決まっていたであろうアーティスト

観月ありさ 
<代表曲>
TOO SHY SHY BOY! (1992/5/27)
happy wake up! (1994/10/3)

全4曲プロデュース 1996年の「PROMISE to PROMISE」が最後となる。  

内田有紀
<代表曲>
Only You
EVER & EVER &m.c.A・T

全3曲 こちらも1996年が最後となります。


アイドルをプロデュースする際の特徴として、連続リリースではなく、3~4曲挟んでまた小室プロデュースというのが特徴。そのため、TK離れの影響力もさほど無いと思われるが、世間的には代表曲が小室作曲の曲の為、小室ファミリーと括られてしまう。宮沢りえも小室ファミリーじゃないかと思うが、世間的には何故かこの括りに入っていない。


プロデュース終了と共に自然消滅したもの

DOS
Baby baby baby (1996/03/21)
more kiss (1996/07/31)
CLOSE YOUR EYES (1996/11/18)

活動期間はわずか1年

H jungle with t
『WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント~』 213万
『GOING GOING HOME』120万枚、
『FRIENDSHIP』 65万

たった3枚ながら異常な売り上げ枚数である。4枚目が出なかった理由として3枚目の曲が三谷幸喜脚本、浜田主演のドラマ「竜馬におまかせ」の主題歌で視聴率的にコケてしまい、この曲まで失敗色に染まった気がします。

その他自然消滅したもの多数あり


男女の関係の終焉と共にプロデュースも終わったアーティスト

華原朋美
keep yourself alive 1995年

daily news 1998年10月21日

自分の恋人をプロデュースさせるという事のリスクを、小室さんはどれだけ理解していたのだろうか。小室プロデュース終焉直後に、本人作詞のリアルな失恋ソング「as A person」でなんとかスマッシュヒットを飛ばしたものの、その後のシングル売り上げは悲惨なものである。「YOU ARE THE ONE」で誰よりも一番おいしいサビの部分を歌い上げたのが、今となっては栄枯盛衰を感じてしまう。


Kiss Destination(キス ディスティネーション)
dos解散後1999年にユニットをくみ2001年に2人は結婚し、吉田の妊娠・出産により活動休止。翌2002年に離婚したことにより、自然解散。婚約期間はわずか10ヵ月。当初は「TRUE KiSS DESTiNATiON」であったが5thシングルから改名し「Kiss Destination」となった。TRUEが消えた意味は深そうだ(笑)

globeがこのリストに追加される日もそう遠くない気がします。


TK離れを踏み台にしたアーティスト

hitomi
<代表曲>
3th CANDY GIRL (1995/4/21)
   ↓ 
10th PRETTY EYES (1997/10/1)

小室プロデュースでデビューしたのに、まさかTKが離れる事は予想出来なかっただろう。本人もかなりのショックだったと後に述べている。その後一時低迷したものの17thシングルの「LOVE 2000」が シドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子が聴いていたとして、大ヒットとなり、その後も持ち直した。小室ファミリー時代も他のアーティストに比べ大ヒットというものには恵まれなかったhitomiだったが、彼女の息が長い事はなんとも皮肉な結果である。

安室奈美恵
3rd Body Feels EXIT 1995年10月25日 3位
 ↓
20th think of me / no more tears 2001年1月24日 7位

TM、TRFやglobeの様に自身が参加しているグループを除けば、一番長い期間曲を提供されていた安室さん。小室が打ち切ったというよりも安室が自ら離れていったという方が正しいかもしれません。実際はどうだか知りませんが・・・。小室黄金期には届かないものの最新シングルも初登場2位で安定した力を持っており、小室プロデュースの経歴を見事に踏み台としている。




かなり表面的な事だけを取り上げて書きましたが、実際は背後に小室さんの肩入れする女性というものが時代ごとに存在し、その登場と共に誰かが捨てられている訳です。またavexをはじめ勝ち馬に乗れ根性で各レコード会社が小室さんの勢いに乗ろうとと引き抜こうとさまざまな駆け引きも存在しました。その結果が吉本興業に落ち着くとは誰が予想できたでしょうか(笑)この当時の裏事情が書かれた暴露本が出れば、とても興味深いと思われます。


あの当時TK離れの宣告を受けた時は、実質死刑宣告でどのアーティストもかなりショックだったと思います。しかし、ずっとTKプロデュースを続けていてよかったかどうかは、今年の小室プロデュースされた一覧を見ればよくわかるのではないかと思います。


<2006年 小室プロデュース作品>

4月19日「ジーザス」 バブル青田
4月26日 「チ」 大木こだまひびき
5月31日 「宇宙人(オメェら)に合わせる顔がねぇ!」 JK(次長課長)
8月2日 「サイクリングリサイクル」 きりん 麒麟


小室さんは自身をもう一度、Self Controlする事から始めてはどうでしょうか。

80年代の懐かし画像集

2006年08月01日 23:26

以下に移転しました。

http://blog.livedoor.jp/kaiko80s/archives/1168009.html

コラボを採点する

2006年07月21日 01:07

GLAY×氷室京介が夢のコラボで話題になっているとのニュースをみた。
お互い旬を過ぎた感は否めないが、氷室のブランド力は未だ健在らしく話題性は十分らしい。
そこで過去話題になったコラボをちょと振り返ってみたいと思う。
得点をつけるなんてナンセンスだと思うが、まぁ誰もやってないので一人ぐらいいてもよいと思う。


<採点基準>    各項目20点満点で計100点とする

インパクト   (一番重要な部分で話題度ともいえます。コラボの醍醐味)
レア度     (組み合わせの意外性、ジャンルの違いによる融和、メディアの露出度など)
旬度       (落ち目同士が商業目的で組むのはお寒い訳で、いかに旬な時期にリリース出来たか)
楽曲の完成度 (出来上がった曲の完成度。ここはかなり私の主観となりますのでご勘弁を)
売り上げ    (200万枚で20点 10万枚で1点  各時代事の相対点となります)
                                        

ここ最近のコラボで例をあげてみるなら・・

GLAY×EXILE 「SCREAM」 (2005年)
SCREAM
インパクト      15
レア度        18   候補曲は7曲あったとか・・
旬度         14
楽曲の完成度   16
売り上げ      18   年間売り上げ5位            合計 81点 




といった感じで、ここから80年代~90年代のコラボを採点してみたいと思います。

忌野清志郎+坂本龍一 「い・け・な・いルージュマジック」 (1982年)
い・け・な・いルージュマジック(DVD付)
インパクトト      19    資生堂CMソング
レア度         14    TV出演多数
旬度          14
楽曲の完成度    12
売り上げ       14              合計 72点


CMの影響かとにかくインパクトはとても強かった印象がありますね。化粧をしたり男同士でキスしたりパフォーマンス能力は長けているお二人。 80年代を代表するコラボだったと思います。採点は当時6才だったものでかなり曖昧になってます。


V2(小室哲哉・YOSHIKI) 「背徳の瞳」 (1992年) 動画Youtube
インパクト       17    話題性はありましたね
レア度         13
旬度          18
楽曲の完成度     8   
売り上げ         8                       合計 62点



最初に知った時はボーカルでもない2人のコラボってインストにでもなるのかなと思いましたが、結局小室さんがボーカルを担当しました。YOSHIKIの独創的な歌詞に小室さんの甲高い声があまりに不似合いのだった様な気がします。歌いだしの第一声で「あのひぃーあいがはじまぁたぁー」でなにか大事なものが崩壊していくのがわかります。この2人がお互いを認め合ってるのはよくわかるのですが、このユニットも自然消滅しましたし、仕事のないYOSHIKIがいつの間にかglobeに加入したかと思えばいつのまにかいなくなっていて・・凡人には理解できない不思議な関係です。


カールスモーキー石井・松任谷由実 「愛のWAVE」 (1992年)

インパクト        8
レア度          6
旬度           6
楽曲の完成度     6
売り上げ        12                      合計 36点


完全な商業目的に徹したコラボで、確かフジテレビキャンペーンソングだったと記憶してます。それが悪いとは言わないが、大物同士のコラボにもかかわらず人々の記憶には全く残っていない現実も見て欲しい。


中山美穂&WANDS 「世界中の誰よりきっと」  (1992年) 動画Youtube 
  
インパクト       14   「誰かが彼女を愛してる」主題歌。
レア度          8
旬度          16
楽曲の完成度    19
売り上げ         20   売り上げ枚数200万枚         合計 77点


当時絶頂期のWANDSをバックコーラスにおく贅沢な組み合わせで、ドラマの主題歌と織田哲郎作曲でもうヒットは約束されているようなものでした。しかしながら本人達の音楽的意向など全くない事務所主導のコラボだった印象がどうしても強い。B面に収められいるWANDSが主線を歌うVerの方が名曲だったりしますが、こちらのコーラスは何故か宇徳敬子がつとめてます。


小沢健二・スチャダラパー 「今夜はブギー・バック」 (1994年) 動画Youtube

インパクト       10 
レア度         15
旬度          12
楽曲完成度      17   
売り上げ        12                合計 71点


この曲は最初のインパクトこそ弱かったもののじわりじわりとチャートを上ってゆき、予想外の大ヒットとなった。小沢はこの曲がキッカケでブレイクする事となる。摩訶不思議なメロディーながら多くの人々の記憶に残っている気がします。

桑田佳祐 & Mr.Children 「奇跡の地球」 (1995年) 動画Youtube

インパクト       18     エイズ、戦争、感染症などをイメージさせる言葉が歌詞に
レア度         20     Act Ageinst AIDS
旬度          20
楽曲の完成度    18     作詞作曲:桑田 編曲:小林武史 & Mr.Children
売り上げ        19     170万枚                  合計 95点


この時期ミスチルは出せばダブルミリオンを連発で、この曲のインパクトも当時いまいちだった気がしますが、よく考えれば夢のようなコラボでした。カラオケで今なお人気があるのもポイントですね。今後、これを超えるコラボが出てくるのか・・・


浜崎あゆみ&KEIKO (globe) 「a song is born」 (2001年)  動画Youtube
a song is born
インパクト      8     その後倖田來未&BoA、安室奈美恵&VERBALと続く
レア度        8     上記も含めavex繋がり
旬度         16     何故かPVすら作成されず
楽曲の完成度   16    小室作曲 10年前前なら軽くミリオンだったと思う
売り上げ       13                                 合計 67点



井上陽水奥田民生 「ありがとう」 (1997年)

インパクト      12    サッポロビールCM
レア度        12    「アジアの純真」つながり
旬度          8
楽曲の完成度   11    まぁ耳には残る
売り上げ        8                  合計 51点



TK PRESENTSこねっと  「YOU ARE THE ONE」 (1997年) 動画YouTube

インパクト      15   全員わかったらかなりTK通 大賀埜々天方直実が出てこないw
レア度        10    今となってはいろんな意味で貴重
旬度         18   
楽曲の完成度   17   サビの安室→華原→KEIKOの流れは圧巻
売り上げ       20                               合計 80点



日本版We are the worlを目指したが、なれなかったという印象。しかしながらこのメンバーを集めた時点で商業的ヒットは約束されていたともいえる。それより小室の現妻と前妻と前々恋人が同じステージ上にいる事のほうが今となっては興味深い。それとダンス担当のメンバーが揃って歌う歌声は結婚式の女友達のお祝いソング以下になっているのが笑える。特にサムはヒドいw一見の価値ありです(タイトル横に動画あり)


宮沢和史(THE BOOM)・YAMI BORO 「神様の宝石でできた島」 (1994年)
神様の宝石でできた島/島唄
インパクト      4   え・・だれ?
レア度        2
旬度         5
楽曲の完成度   19   素晴らしい
売り上げ      10                 合計 40点


まずYAMI BOROって誰?とほとんどの人が思う時点でコラボとしては失敗だと思う。しかしながらこの曲の完成度はとても高く、名曲だけに残念!よく知らない黒人が陽気に歌っているという点では織田裕二 withマキシ・プリーストも同類だろう。もっと言うなら久保田 利伸 With Naomi Cambell 、反町 隆史 with Richie Samboraもコラボになってないという意味では同類。


ZYYG,REV,ZARD &WANDS featuring 長嶋茂雄  「果てしない夢を」 (1993年)

インパクト      0    ないよ
レア度        1    ないよ
旬度         3    ビーイング(苦笑
楽曲の完成度  -10   魂が抜かれる
売り上げ       6                   合計  0点


ヒドい!の一言である。レア度に1点を付けたのは敬愛する長嶋茂雄の参加によるおまけの点だ。その長島さんもプロ野球中継のテーマーソングとなった絡みで呼ばれただけの、とんだとばっちりだ。何よりこの曲の完成度の低さには脱帽する。今でもこの曲のお経の様なメロディーが耳にまとわりつき夜中うなされる。医学が発達し記憶を選んで消せるようになったら、真っ先にこのメロディーを脳裏から消してもらう予定だ。

超能力者を辞めることにしました

2006年07月11日 21:55

自分が子供の頃って今じゃ考えられないオカルト番組が頻繁に放送されていました。


水曜スペシャル 川口浩の探検シリーズ
矢追純一のUFOシリーズ
宜保 愛子などによる霊能力シリーズ
ノストラダムスの大予言 シリーズ
催眠術 シリーズ 
徳川埋蔵金 シリーズ
ネッシー・ツチノコなどの未確認生物(UMA)シリーズ
MMRマガジンミステリー調査班 の連載




オカルトな物の真偽については賛否両論いろいろあると思いますが、大事な事は、その当時も20年経った現在においても結局何も実証されていないという事です

当時はまだ半信半疑の人が多かった為か(当時子供だった自分もそうでした)ゴールデンタイムに2時間ぶち抜きで放送され、視聴率をとっていたものです。


例えば川口浩の探検シリーズは78年~85年の間に43回も放送され、毎回安定した数字をとってました。

「巨大怪蛇ナーク!タイ秘境底なし沼に恐怖の魔神は実在した!!」
1980年(昭和55年)7月30日放送 27.7%

「衝撃!魔境ボルネオ島奥地に幻の巨大獣人を追え!!」
1984年(昭和59年)1月25日放送 23.7%
「驚異!幻の魔獣"バラナーゴ"をスリランカ奥地密林に追え!!」
1983(昭和58年)年7月27日放送  23.1%



2002年から藤岡弘の探検シリーズと復活したものの悲惨なものでした

「今夜復活!!伝説の探検隊が帰ってきたアマゾン奥地1500キロ!テラプレータの密林に謎の猿人ジュンマは実在した!」
2002年(平成14年) 12月25日  13.0%
「エチオピア奥地3000キロ!幻の白ナイル源流地帯!!古代裸族に人類の原点を見た!!」
2004年(平成16年)1月2日 5.8%
「ミャンマー奥地3000キロ伝説の野人ナトゥーを追え」
2005年(平成17年) 3月19日 7.4%




「時代に合わなくなった」というよりかは「誰も騙されなくなった」というのが正解でしょう


人類が滅亡するはすの1999年が過ぎ、有名なネッシーの写真が偽者だった事が発覚、そして火の玉など大槻教授による科学的実証による否定で、90年代中盤頃から視聴率減少と共に、オカルト番組は減少していきました。今では年末にTVタックルの超常現象スペシャルと題して肯定派・否定派にわかれて議論するぐらいで、オカルトな内容で視聴率を取るというよりかは、オカルト肯定派の異常な発言を皆で失笑するといった方が適切かもしれませんw
テレ朝は水曜スペシャルで数字をとった旨みが忘れられないのか、露骨なオカルト番組は減少したものの、犯罪解決に霊能力を使ってみたり、「オーラの泉」などの番組が視聴率をとっている現状を考えると、いつの時代でも成り立つ安定した職業なんだなと呆れるばかりです。



そんなオカルト番組全盛期にユリ・ゲラーと共に一世を風靡したスプーン曲げ少年の清田益章氏が、突然2002年に突然自身のHPで衝撃的な発表をした


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超能力者を辞めることにしました


この一言にあれだけブームになった80年代のオカルト番組の末路が集約されている気がします。
最後にノストラダムス関連の書籍を数多く出版し富を得た、この分野では権威である池田邦吉氏の言い分を紹介します。


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20XXに人類滅亡という仮定は(本が売れないから)困ると・・・

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1999年という事にしてくれないかと・・

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本は出せませんよと・・・

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偽造したのは(僕じゃなくて)出版社ですよ

1999年というのは出版社の都合でそうなったであり、本当の滅亡は200X年だったと唱え、
現在も人類滅亡の関連本を執筆中の池田氏・・・

・・・・・・・

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本当に 「金返せよ!」 

ビーイングを検証する

2006年07月07日 21:19

90年代に旋風を巻き起こした音楽制作会社ビーイングを振り返って検証したいと思います。



      1990年             1995年                2000年          2006年

TUBE (1985年→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→継続中)

B'z (1988年→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→継続中)

 ZARD (91年→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→継続中)

織田哲郎 (1983年→→→→→→→→→→→移籍(96年)

T-BOLAN (90年→→→→→→→→→→停止(96年)→→→→解散(99年)

 WANDS (91年→→→→→→→→→→→→→ボーカル脱退(96)→→→解散(01年)
  
  KIX-S  (91年  →→→→→→→→→→→→→→→→→→停止(99年)
                
   大黒摩季 (92年→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→移籍(01年) 

    MANISH  (92年→→→→→→→解散(96年)

    BAAD   (92年→→→→→→→→→→→→→→→→→→解散(99年)

        DEEN (93年→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→移籍(03年)

       ZYYG  (93年→→→→→→→→→→→→→→→解散(99年)
                
     FEEL SO BAD (93年→→→→→→→→→→→→→→解散(99年)                            
                                
B.B.クイーンズ (90年→停止(92年)

  MIKE       (91年→停止(93年)

           REV   (93年→停止(94年)

            FIELD OF VIEW  (95年→→→→→→→→→→→→→解散(02年)

                          小松未歩  (97年→→→→→→→→→継続中)

                                 倉木 麻衣   (99年→→→→→→継続中)

                                     愛内里菜  (00年→→→→継続中)



自分の知っているアーティストのみで作成させてもらいましたが、実際の所属アーティスト数は数知れずです。最初に「TUBE」と「B'z」はビーイングの中でも別扱いと考えてもらいたい。TUBEは製作はビーイングだがレコード会社がソニー・ミュージックエンタテインメントであるし、B'zはプライベートレーベル会社を設立し、独自の活動を行っており、これから語るビーイングの特徴にはあてはまりません。よってZARD以下のアーティストをもって検証の対象とさせてもらいます。


上記の表からまず気づくのが90年代初頭にデビューしたアーティスト達は打ち上げ花火の様に次々とヒットを飛ばしたものの、90年代中盤には売り上げが伸び悩み、90年代終盤にはほぼ活動停止・解散をしている点です。現在も続いているのはZARDのみで、CD売り上げは苦しいものもなんとか生き残ってる大黒摩季DEENは他レーベルに移籍してしまった。

90年代終盤といえばちょうどavexが台頭してきた頃で、歌姫と呼ばれる安室や浜崎に対等するかの様に女性単独アーティストを輩出していきます。しかしヒットできたのは小松未歩ぐらいで、それもアニメのタイアップという寂しいものでした。そのヒットの方式にのっかり倉木麻衣や愛内里菜をデビューさせましたが、それは小松未歩を抹殺する事に等しく、同士の切り合いで現在もビーイングの迷走は現在も続きます。(現在会社の売り上げの50%がB'zによるもの)


<ビーイング系の主な特徴>

・メディアに露出しない
TVはもちろんの事、ラジオ、雑誌、そしてLIVEすら行わないという徹底したものでした。PVもジャケットの静止画をカラオケの様に加工し流すだけでアーティストの神秘化を目的としていました。。大黒摩季に至っては実在しないのでは無いかと都市伝説まで流れたものです。ここから個人的な見解ですが、ここまで徹底した原因はZARDにあった様に思います。ボーカルの坂井泉水は極度の上がり症で一度Mステに出た際に目が終始泳いでおり、とてもカリスマ性を持ったアーティストとはかけ離れてたものだった。またZARDの曲のPVを見ればわかるのですが映るのは、坂井泉水の横顔ばかりで正面からの画はほとんどありません。当然横顔の方が美人なのでしょう。そしてこの人は過去アイドル志望?だったらしくレースクイーン姿やら水着姿やら表に出したくない事があった様で総合的にメディアの露出マイナスになと判断した様です。皮肉にも結果としてZARDがヒットした為、以後のアーティストも真似していったと思われます(特に女性アーティスト)。
結論としては出なかったのではなくて、出せるほどの技量(カリスマ性)がなかったという事でしょう。その後売り上げが下降気味になってからは堰を切ったようにメディアに露出をしていきます。

・ファーストアルバム名がバンド名(ユニット名)である
上記のアーティストは全て当てはまります。また、2枚目以降もオリジナルの題名をつける事は少なく代表曲をアルバム名になる傾向が強いです

・グループのメンバー脱退と加入が激しい
WANDSを見てもらえばわかるように、普通3人組のボーカルとギターが抜けたらバンドとして終焉と考えますが、その後も活動を続けてます。ビーイングとは悪くいえばオーディションの寄せ集め。故にすぐ補充が効くという訳だ。バンドにありがちな地元の仲間など泥臭い出会いは無く、彼らの出会いは会社の待合室で会社に指定された人間とバンドを組むというお見合いというわけだ。これは歌唱力はあるが人間力が未熟でメディアに出てこれないということにも繋がるのではないだろうか

・アニメ作品にOP/EDテーマを提供するタイアップ戦
「スラムダンク」は番組終了までビーイング系が担当していた。Mステにビーイング系のアーティストがよく出るのもテレビ朝日との繋がりの強さを感じる。その他「名探偵コナン」など


デビュー時にモデルとした人物(バンド)がいる
B'z →TM NETWORK
TUBE →サザンオールスターズ、
倉木麻衣 →宇多田ヒカル

これは噂ではなく創立者であり会社社長の長戸大幸氏が公言していた事です



最後にビーイングの名前の由来を書いときます。

B級でもいいから、売れる歌手にしよう」 by 長戸大幸

氣志團 元ネタを検証

2006年06月29日 23:04

氣志團の元ネタを探ると、そこにはステキな80年代が見えてくる

死無愚流 呼麗苦衝音 +3
死無愚流 呼麗苦衝音 +3
 →”GIGS”JUST A HERO TOUR
ジャケット元ネタ BOOWYのロゴ

<その他BOOWYネタ>
・ライブをGIGと言う
・「ハイウェイに乗る前に」をツアーのサブタイトルに



Boy's Color (CCCD)
Boy's Color (CCCD)
 →妖女ブロンディ(紙ジャケット仕様)
ジャケット元ネタ:  Blondie -妖女ブロンディ



  Too Fast To Live Too Young To Die
Too Fast To Live Too Young To Die (DVD付初回限定盤) (CCCD)
 →服部
ジャケット元ネタ:ユニコーン -服部

・中村福太郎さん(83歳 一般人) 未だに鳶職にて現場監督をこなしてるそうです。



kd109.jpg  → 悪の華 (デジタル・リマスター盤)(初回限定盤)
ジャケット元ネタ: BUCK-TICK -悪の華

<その他BUCK-TICK元ネタ>
・愛・愛・ONE MORE KISS( デリケトにキスして )→ BUCK-TICKーJUST ONE MORE KISS
・6 for Japanese Babies(雷電)→ BUCK-TICKーICONOCLASM → 5 for Japanese Babies
・(ベースとドラムが)腹違いのタネ違いの兄弟→BUCK-TICK ひぐち &ヤガミ兄弟
・氣志團現象 → バクチク現象



1/6 LONELY NIGHT
1/6 LONELY NIGHT
  →メシ喰うな
ジャケット元ネタINU -メシ喰うな!

町田康の名で作としての認知度も高い町田町蔵が率いていたパンクロック・バンド"INU"が1981年に残した彼ら唯一のアルバム。単色の背景に,こちらを睨むモノクロ色したヴォーカリストのアップというコンセプトをリスペクト



房総与太郎路薫狼琉
房総与太郎路薫狼琉
 →ginbae0018.jpg
ジャケット元ネタ: 紅麗威甦(グリース) -ぶりっこROCK'NROLL

ボーカルは現俳優の杉本哲太。横浜銀蠅の弟分としてデビュー



dd97025c_kisses4649.jpg →M03020699-01.jpg
元ネタ: 平井堅 歌バカ



img5f40cab15783ps1.jpg →B00005J48T.09.MZZZZZZZ.jpg
パンフ元ネタ: ぼくらの七間戦争

インチキな大人達に誓布告!



moto.jpg →mototo.jpg
パンフ元ネタ: もっと!チェッカーズ

<その他チェッカーズ元ネタ>
・行こうぜ ピリオドの向こうへ(ワンナイカーニバル) → チェッカーズ/Jim&Janeの伝説
・素直になれずI'm sorry(恋人) → チェッカーズ/素直にI'm sorry
・「Toki-no-K-city」 → チッカーズ/ 時のK-City



33333333333af.jpg      →20060702030031.jpg
cap021.jpg →20060702025856.jpg
PV元ネタ: 湘南爆走族        (映画版の湘爆(1987年) )

<そ他湘爆ネタ>
・1/6 LONELY NIGHT(アルバム名)  →  湘南爆走族OVAサタイトル 「1/5 LONELY NIGHT」
・雪之丞の編物ネタ → 湘南爆走族 江口の趣味は編物
・やんぴこんぴ(恋人) →湘南爆走族 行動や言動を中止する際に使用される



mild7y2002-img600x450-1151314022gazou_00711.jpg →mgngsbduxc.jpg
元ネタ: ビー・バップ・ハイスクール  高校与太郎○○



06_gakuen_pamphlet.jpg →61172604-11.jpg
元ネタ: ハイスクール奇面組 単行本一巻



56546510.1.jpg →10000931457.jpg
元ネタ: 聖闘士星矢
微熱DANJI → 光GENJI



夢見る頃を過ぎても
夢見る頃を過ぎても
 →20060629162457.jpg
元ネタ: ワンピース



netprince45-img600x450-1151279118p10106901.jpg →55456.jpg
元ネタ: ピーターパン



4381b5bbb12578bf6010afae049fd81a1.jpg →20060708045141.jpg
元ネタ: ベルサイユのばら



57829931.1.jpg →kin_top_nisei.jpg
元ネタ: キン消し



angel_eyes_lime-img354x441-1149415933tmp764-336475_11.jpg →050120_2.jpg
元ネタ;   なめ猫




氣志團と私は同い年なもので(76年生まれ)、それ故に彼らの回顧ネタは見事にツボにマってしまいます
今回画像が見つかったものしか紹介出来ませんでしたが、その他にも数多くの80年代ネタが存在します。
平成生まれでは楽しめない彼らの遊びを、当ブログは今後も推奨してまいりますw




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